1955年 日本初の商用コンピュータを導入

システムソリューション事業の源流である野村證券計算部が、事務の合理化・効率化のために、アメリカで完成したばかりの商用コンピュータ「UNIVAC-120」を導入。日本初のコンピュータの商用利用として話題となりました。

1965年 日本初の民間シンクタンクが誕生

調査研究とコンサルティングの機能を有する民間の総合研究所として野村證券の調査部を母体に、「野村総合研究所(NRI)」が1965年4月に設立されました。

1966年 野村電子計算センターが設立

野村證券の電子計算部から分離・独立する形で、1966年1月に野村電子計算センター(NCC、1972年野村コンピュータシステムに社名変更)が設立されました。

1970年 大阪万博の入場者予測を成功させる

旧野村総合研究所の総合研究本部は、当時の日本では経験したこともない大イベントの予測に際して入場者数の予測に総力をあげて取り組み、最も重要かつ難しいピーク時の予測をほぼ的中させました。

1974年 証券システムの業界標準となる共同利用型システム(STAR)の提供を開始

証券共同オンラインシステム「STARシステム」が1974年5月に稼働を始めました。この共同利用型システムサービスは、現在では証券業界において業界標準ビジネスプラットフォームにまで成長しています。また、現在主流になっているクラウドサービスの先駆けとも言えます。

1979年 セブン-イレブンのシステム開発と運用がスタート

同社の事業基盤となる新発注システムが稼働開始。その後、1982年には日本初の本格的なPOSシステムを稼働させました。それにより、各商品の売れ行き動向を正確に把握できるようになり、品揃えの利便性が高まるとともに鮮度のよい商品を入手できるなど、私たちの生活も飛躍的に便利になっています。また、新発注システム受託時は約400だったセブン-イレブンの店舗は、現在では17,500店舗にまで拡大しました。

1985年 創立20周年記念マルチクライアント・プロジェクト

リサーチ・コンサルティング業務の拡大に向けて、複数の顧客に共通テーマの成果を提供する「マルチクライアント・プロジェクト」の戦略商品化が進められました。その集大成が、「創立20周年記念マルチクライアント・プロジェクト─1990年代の産業社会と企業戦略─」シリーズです。各部横断プロジェクトとして発表・企画されたもので、7つのテーマから構成され、1985年5月の全テーマ完了までに222社の加入を実現しました。

1988年 野村総合研究所と野村コンピュータシステムが合併

シンクタンク機能とシステム機能の両方を一体的にもった、他に類を見ない企業である、新生「野村総合研究所」として1988年1月に誕生しました。合併当時の社員数は1,758名でしたが、その後順調に拡大して、2014年12月末時点では、グループ全体で9,289名となっています。

1988年 グローバルな政策研究活動を推進

1987年設立の東京国際研究クラブ(2009年に公益財団法人野村財団に移行)は、世界の経済や政策に関する研究活動を数多く推進・支援しました。NRIを含む世界5大シンクタンク「T5」や、アジア諸国のシンクタンクの集まりである「AT9」の事務局機能を担い、1988年には、トロントサミットの直前にT5シンクタンク・サミットを開催し、以降、T5として1995年の村山首相まで、歴代の首相への提言を行いました。

1994年 日本で6番目に企業サイトを開設

インターネット上の公式企業サイトを、1994年7月28日に開設。日本語のウェブページ開設は、株式会社としては6番目、事業会社としては4番目であり、特にIT(情報技術)分野におけるNRIの先進への挑戦姿勢を示したものと言えます。

1994年 野村證券へのBPR開始

時代や技術の変化に対応して、業務のやり方などを根本的に見直し、新たなITシステムでそれを支えるBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)を実施。当時主流であったメインフレームコンピュータからサーバーへのダウンサイジングを行い、まだ普及していなかったPCを大量(12,000台)に導入しました。当時、PCサーバー、端末数ともに世界最大級のシステムであり、他にも先端技術をふんだんに活用しつつも、開発期間2年半で完了させています。

1995年 インターネットモールにおいてSSL決済を日本で最初に実装

21世紀の新たな社会を見据えて、1995年6月に慶應義塾大学と5年間の時限共同研究推進事業組織CCCI(Center for Cyber Communities Initiative)を設立し、様々な活動を展開しました。代表的な成果として「ユビキタス・ネットワーク社会」の到来に関する提言や、1995年10月に運営を開始したインターネットモールの「電活クラブ」があります。電活クラブは、現在日本最大のモールに約2年先立っての開始であり、安心・安全なインターネット上のカード決済機能であるSSLを日本で最初に実装して話題になりました。

2001年 東証一部上場

2001年12月17日、東京証券取引所一部に上場。売り出し価格は11,000円でしたが、初値14,850円、終値14,050円(その後株式を分割し、調整後終値は2,810円)。時価総額は6,323億円となり、2001年の新規上場では最大規模となりました。

2001年 中国オフショア開発の本格稼働

短期間で大規模なシステム開発を円滑かつ効率的に行うことを目標に、さまざまな挑戦や工夫を行った結果、NRI独自のオフショア開発手法を確立し、その後のNRIの開発力の劇的な底上げにつながりました。NRIの中国オフショア開発は、IT産業界では早い時期であり、かつ成功事例と言われています。

2003年 アジア債券市場育成のための技術支援

ASEAN諸国(タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ベトナム、カンボジア、ラオス)に対して、債券市場育成に係る技術支援を提供。各国の債券市場について「発行体」、「投資家」、「仲介業者」、「インフラストラクチャー」の4つの視点で現状と課題を整理し、今後の債券市場育成に向けたロードマップと具体的な実行計画書作成を支援しました。

2008年 上海虹橋空港の総合交通ハブエリア開発プロジェクト

2002年7月に中国でコンサルティング事業を担う拠点としてNRI上海が設立されました。NRI上海は、設立後から上海市政府などの重要政策立案を手がけてきました。2008年には、上海虹橋空港の総合交通ハブエリア開発計画を手がけ、2010年の上海万博博覧会に向けて都市鉄道ネットワークが整備されました。現在も中国の地方政府や開発区から、「地域発展戦略」「産業発展戦略」などのプロジェクトを多数受託しています。

2009年 「NISA」の制度設計からシステム構築へ

日本版少額投資非課税制度「NISA」が、2014年1月から始まりました。NRIは、モデルとなった英国のISAについて早くから調査・研究を行い、わが国で利用しやすいかたちで導入するための提言を行ってきました。さらには、「NISA」に対応した金融機関向けソリューションの開発を通じて、日本での制度導入を支えています。NRIの強みであるナビゲーション×ソリューション機能を実現した好例と言えます。

2011年 震災復興支援活動

東日本大震災の発生4日後の3月15日に、社長直轄の「震災復興支援プロジェクトチーム」を発足させました。3月22日には、スマートフォン向けに被災地周辺で通過できた道路情報のアプリを提供し、3月30日には震災復興に向けた提言活動を開始しました。(1995年の阪神・淡路大震災でも各種支援を実施しました。)

2012年 東京第一データセンターを開設

国内で5カ所目となる東京第一データセンターを、11月21日に開業。「ダブルデッキシステム」を採用し、安全性・拡張性・環境性能を飛躍的に向上させました。日本で初めて、FISC安全対策基準にも準拠したSOC2保証報告書をユーザーに提供したほか、数々の賞や日本で初めての認定を取得しています。

2013年9月
グリーンITアワード 経済産業大臣賞
2013年10月
グッドデザイン賞
2014年12月
米国の民間団体Uptime Instituteから、Management and Operations認証(データセンターの運営基準)を日本で初めて取得。
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