デジタル化で切り開くヘルスケア産業の未来
  • イノベーション

2017年11月15日

デジタル化で切り開くヘルスケア産業の未来 消費サービス・ヘルスケアコンサルティング部 田口 健太 吉澤 友貴 下松 未季

患者が突然違う病院を訪れても、医師はその患者の過去の受診データにアクセスして治療することができる。また別の患者は遠隔診療を利用して自宅で療養することができる――。健康・医療・介護といったヘルスケア産業のデジタル化が進めばこんなことも当たり前になります。国も動き始めていますが、実際にデジタル化はどこまで進んでいるのでしょうか。社会的・経済的な効果など、野村総合研究所(NRI)の調査・研究から見えてきた課題と可能性について考えてみましょう。

デジタル化の波を捉えて前進すべき

ヘルスケア産業の持続的成長のためにはサービスの質(Quality)、財源(=費用:Cost)、そして利用のしやすさ(Accessibility)の3つの要素QCAのバランスが重要です。医療費に占める公的負担割合が増加する中、QCAのバランスを保ち持続的成長を行うための一つの方策としてデジタル化の推進が注目されています。たとえば医師・看護師・薬剤師などが患者情報を共有するための連携システムが導入されれば、電話や対面で行っていた場合よりも時間や手間が削減できます。また、製薬企業がビッグデータを解析した研究開発を進めることで、革新的な治療効果をもたらす医薬品の開発につなげることも期待できるでしょう。

では、この産業分野でのデジタル化はどこまで進んでいるのでしょうか?
例えば、医療機関における電子カルテの普及率についてみると、ノルウェーやオランダなどでは、その普及率が100%近い水準になっていますが、日本では約3割に留まります。このように、日本でのデジタル化は遅れていると言わざるを得ません。

持続可能なヘルスケア産業の成長に向けて、QCAを鼎立させるための方策のひとつがデジタル化の推進

投資のメリットを受けるのは誰か

デジタル化が進まない主な理由の1つとして、デジタル化の費用を支払う「投資負担者」と、それによってメリットを受ける「受益者」が乖離していることが考えられます。デジタル化に対して、主として「投資負担者」となるのは医療機関です。一方、主な「受益者」となるのは、医療の質の向上や医療費の適正化(低下)がされる患者と、医療費を負担している国や地方自治体や健保組合などです。患者や国の側での負担が軽減されるということは、医療機関にとっては収入減を意味します。「投資をしたのに収入が減る」この状況で果たしてデジタル化は進むでしょうか。

3.5兆円の経済効果も

それでも、社会全体としてみると、ヘルスケア産業のデジタル化は大きな意義があります。NRIの試算では、関連するシステムの普及率が100%になった場合、医療費適正化効果は約3兆円、医療機関等の費用削減効果は約5千億円が見込まれます。国の医療費が40兆円超の現在、デジタル化による3.5兆円の効果は相当なインパクトがあると考えられます。
また、経済効果だけでなく、医療の質の向上も期待できます。例えば、医師が共有されたデータやAIなどを用いることで、より幅広い情報に基づいて、的確な診断が行えるようになるでしょう。デジタル化が進めば、結果的に、個人・保険者・医療機関・政府などがさまざまな恩恵を受けられるのです。

全てのシステムの普及率が100%に達した場合、医療費適正化効果は約3兆円、医療機関等の費用削減効果は約5千億円

2020年には大規模インフラが稼働予定

デジタル化を進めるためには、投資負担者と受益者の乖離を埋める施策が必要です。諸外国と同様に、受益者である政府の公共投資が求められます。この点については、実際に大きな動きが始まっています。厚生労働省は、2020年から2つの大規模なインフラを稼働させる計画を打ち出しました。1つは病院や調剤薬局などに点在している個人別の医療情報を集約する「全国保健医療情報ネットワーク」。もう1つは、さまざまな公的データベースの情報を一つのプラットフォームにまとめ、研究者や保険者などに提供する「保健医療データプラットフォーム」です。国はこの二大インフラにより、「個々人に最適な健康管理・診療・ケアを実現」することを目標としています。

これらのインフラの実現に合わせて、患者本人を含む各セクターは今のうちから準備を進める必要があります。たとえば、医療機関や調剤薬局では、患者の日常的な健康管理を支援する新しい取り組みを始められるよう、人材育成などを進める必要があります。また、患者本人も、さまざまなサービスを活用した主体的な健康管理を始めていくべきです。二大インフラが稼働する2020年以降に向け、各セクターが相互理解を深めながら、積極的にデータを共有するなどして新しい取組を進めるとともに、デジタル化を加速できれば、現時点での遅れも取り戻すことができるはずです。

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