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木内登英の経済の潮流――「2国間貿易交渉の罠」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2019/05/14

米国第一主義を掲げるトランプ政権は、米国の貿易赤字問題を、2国間交渉を通じて解決しようとしていますが、これには誤った認識に基づいている面が多分にあると思います。

2国間貿易不均衡の拡大は自由貿易進展の反映

トランプ政権は、「多国間の枠組みのもとで貿易自由化を推進し、貿易紛争の解消を図る」という従来の国際的なルールを、半ば無視してきました。そして、2国間の貿易不均衡是正を進めるために、2国間での貿易交渉を相手国に強いています。さらに、貿易不均衡是正の手段として、追加関税の導入を繰り返してきたのです。
トランプ政権が、特定国に対する米国の貿易赤字、つまり2国間の貿易不均衡をことさら問題視し、それを、2国間交渉を通じて解決しようとしているのは、「2国間交渉を通じた2国間の貿易不均衡の是正こそが、米国の貿易赤字全体の解消に繋がる」との考えに基づいているのだと思います。
米国の貿易赤字全体が拡大すれば、ドルの海外流出の増加を通じてドルに対する信認を低下させ、それが米国及び世界の金融市場を不安定にさせる、などといった問題を生じさせる点があることは否定できません。しかし、それを2国間貿易不均衡の是正で解決しようとする姿勢には、誤りがあると思います。
こうした姿勢は、「貿易不均衡全体の解消は、それぞれ独立した2国間の貿易不均衡の是正の積み重ねで実現できる」という、「一般均衡」ではなく「部分均衡」の考え方に基づいています。実際には、それぞれの貿易相手国との間の輸出入が相互に連関しているということを、半ば無視した考え方ではないでしょうか。
IMF(国際通貨基金)の分析(「世界経済見通し」2019年4月)によれば、貿易収支全体の変化は2国間貿易収支に影響を与えますが、逆に2国間貿易収支の変化が貿易収支全体に与える影響は小さいのです。これは、2国間貿易収支の変化は、他の2国間貿易収支の変化によって相殺されてしまうためです。
2国間での貿易不均衡には、自由貿易推進のメリットが発揮されていることの反映、という側面があります。そのメリットとは、「それぞれの国が、それぞれの得意分野(収益性を最大化できる分野など)に特化して生産活動を行ない、国際分業を拡大させることで、世界全体の所得をより拡大させることができる」ということです。これは自由貿易理論の考え方に基づいています。ところがトランプ政権は、こうした考え方を受け入れません。

問題は米国の過度な財政拡張策

またトランプ政権は、米国の貿易赤字は米国経済にとって損失で、米国の雇用を奪っているとし、それは、貿易相手国の不公正な貿易慣行と不当な通貨切り下げによって生じている、と考えているようです。こうした考えにも、首を傾げざるを得ません。
IMFの分析(先述)は、トランプ政権の認識とは異なり、貿易不均衡は需要超過といったマクロ経済要因で決まる部分が大きい、ことを示しています。IMFは、米国と中国について、それぞれ主要国との間での貿易収支の変化(1995年~2015年)をもたらした要因を、①マクロ経済要因、②関税その他貿易コスト要因、③セクター別要因、の3つに分けて寄与度を試算しています。①マクロ経済要因とは、貿易黒字国の供給超過、貿易赤字国の需要超過など、②関税その他貿易コスト要因は、地理的条件に基づく輸送コストや関税率など、そして、③セクター別要因は、国際分業に基づく、セクター毎の需要と供給(生産)の差です。
それによると、米国の対中貿易収支の悪化は、①のマクロ経済要因で説明できる部分が大半です(ネットベースで98%程度)。この点を踏まえると、大型減税、インフラ投資などの拡張的な財政政策によって生じた米国の超過需要が、米国の貿易赤字拡大の主な原因で、そうした政策を見直す、つまり自国のマクロ経済政策の修正こそが、最も有効な米国の対中貿易赤字削減策、あるいは貿易赤字全体の削減策となるはずです。
ところが、実際には米国は、中国の補助金などミクロ産業政策、貿易コストを変化させる為替政策などを強く批判するとともに、追加関税の導入を通じて2国間貿易の不均衡是正を図るといった、誤った処方箋を講じているのです。
米国が、このように誤った認識に基づいて2国間交渉をさらに拡大させ、追加関税の導入を繰り返していけば、世界経済の成長を大きく妨げかねません。トランプ政権に対して、貿易赤字縮小のための正しい処方箋に目を向けさせるよう、日本政府が粘り強く働きかけることが期待されます。

木内登英の近著

世界経済、最後の審判 破綻にどう備えるか

世界経済、最後の審判 破綻にどう備えるか

金融緩和と政治が、債務とフィンテックで脆弱化したシステムの崩壊をもたらす。 元日銀審議委員が読み解く、世界経済の行方。

プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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株式会社野村総合研究所
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E-mail: kouhou@nri.co.jp

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