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木内登英の経済の潮流――「個人投資家が揺るがす米国株式市場」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2021/02/10

年明け後の米国株式市場では、個人投資家の動向が大きな注目を集めています。彼らはレディットというSNS上で結託し、ゲーム販売大手ゲームストップの株価を年初から1か月足らずで18倍以上に押し上げました。特定銘柄の株価を急騰させ、その銘柄を空売りしていたヘッジファンドに大きな損失を出させたのです。

個人投資家の暴走か株式市場の民主化か

大きな損失を出したヘッジファンドは、他のヘッジファンドに支援を求めるなど、その影響は広がりを見せています。個人投資家はこうした行動を、巨額の利益を上げてきた機関投資家に対する個人投資家の勝利、「株式市場の民主化」と自ら讃えています。他方で、こうした行動が株式市場の安定性を大きく損ねることを危惧する声も聞かれています。
投資家が意図的に虚偽の情報を広げて株価を操作する場合や、密かに共謀して株価を操作する場合などには、当局の取り締まりの対象となります。しかし今回のケースでは、SNSへの投稿者は虚偽の情報で他の投資家を欺こうとした訳ではなく、またSNS上という公開の場で結託しているため、現行法制のもとで直接取り締まることは難しいのではないかと思われます。
問題とされているのは、個人投資家の行動だけではありません。批判の矛先は、多くの個人投資家が利用するオンライン証券のロビンフッドにも向けられています。金持ちから金品を盗んで貧乏人に分け与える伝説上の義賊ロビンフットから名をとったこのオンライン証券は、無料の手数料で個人の投資を支え、庶民の味方を標榜してきました。ロビンフッドの顧客である個人投資家は、ロビンフッダーと呼ばれます。
ところが、ロビンフッドは、株価の変動拡大を受けてゲームストップなど特定銘柄の取引を一時制限したことで、個人投資家から強い批判を受けました。取引の自由を妨げられたことや、株価上昇で損失を出したヘッジファンドに味方したとの観測が、批判の背景にあります。議会でも、この取引制限を問題とする声が高まっています。

注目を集めるロビンフッドのビジネスモデル

新型コロナウイルス問題で在宅を強いられた投資初心者の若者達がロビンフッダーとなり、空いた時間を株式投資に傾けて、ゲーム感覚で取引を行うようになりました。彼らが、オプション取引などリスクの高い投資を簡単に行ない、大きな損失も出たため、投資教育、投資家保護の観点からロビンフッドのビジネスモデルを問題とする意見が、昨年から高まっていました。
ロビンフッドのビジネスモデルで改めて注目を集めているのが、PFOF(ペイメント・フォー・オーダー・フロー;payment for order flow)というものです。PFOFは、証券会社が顧客からの注文を機関投資家であるHFT(高速・高頻度取引)業者などのマーケットメーカー(値付け業者)に回し、それと交換にリベート(報酬)を受取る仕組みです。ロビンフッドはそのリベートを使って個人投資家に手数料無料のサービスを提供しているのです。
HFT業者がリベートを払ってでも個人投資家の注文という情報を欲しがるのは、そのビッグデータをAIで解析することを通じて、自らのアルゴリズム取引の精度を高めることができるのが理由の一つ、と考えられます。
しかしこの個人投資家の注文情報を使って、HFT業者が個人投資家に先回りするような取引で不当に利益を得ているのではないか、といった指摘も従来からされてきました。今回の問題は、こうした証券取引の慣行に改めて焦点を当てるきっかけともなっているのです。

金融市場の構造問題を改めて浮かび上がらせる

このように今回の個人投資家の行動は、米国金融市場が以前から抱えている多くの構造問題を、改めて浮かび上がらせるきっかけとなっています。これを機に、そうした諸問題に関する議論が深まり、また改善策が講じられていくのは望ましいことでしょう。
しかしながら、早急に手を付けなくてはならないのは、個人投資家による株価操縦的な行動を抑えることだと思います。その投資行動が、純粋に儲けることにあるのであれば、ここまでの株価押し上げは成功しなかったことでしょう。ある程度株価が上昇すれば、先行き価格が下落すると考える投資家が一定数出てきて、彼らが株を売って利益を確定し始めるためです。このような利益動機に基づく投資行動こそが、株式市場の流動性、効率性、安定性を支えているとも言えます。
ところが、SNSを通じた今回の株価押し上げでは、「巨額の利益を上げてきた機関投資家を叩きのめす」、という別の動機が入り込んでいるのです。そのため、株価が異常に高騰した面があると思われます。
個人投資家によるこうした投資行動が今後も続けば、株式市場のボラティリティ(変動率)は一段と高まり、また市場の効率性、公正性、信頼性は大きく損なわれてしまうでしょう。株価の暴落などで個人投資家に大きな損失が出て深刻な社会問題へと発展する、といった悲惨な幕切れとなる前に、SNSを通じた個人投資家の結託に歯止めをかける必要があるのではないでしょうか。それには、金融当局自らの取組みだけでなく、SNS運営会社の協力なども必要となるでしょう。
ただし、格差問題解消の観点から個人投資家に好意的な民主党政権、民主党主導の議会が今年成立したことで、そうした取り組みが迅速に進まないことが心配されるところです。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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