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木内登英の経済の潮流――「次期政権の経済政策への期待」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2021/09/09

菅義偉首相は、今月29日に投開票となる自民党総裁選に出馬しない考えを突然表明しました。安倍晋三前首相の辞任を受けて昨年9月に発足した菅内閣は、1年余りの短期政権で終わります。コロナ対策等で国民から厳しい評価を受ける中、自民党総裁選で党内から幅広い支持を受けて勝利するのは難しい、と菅首相は判断したものと見られます。

自民党総裁選は混戦模様に

菅首相が当初打ち出していた行政の縦割りや既得権益の打破等の改革は大きくは進まず、コロナ対策に翻弄された1年となってしまった感があります。ただし、2050年カーボンニュートラル目標など地球温暖化対策を積極化させたことは菅政権のレガシー(遺産)として残るでしょう。
菅首相の(事実上の) 辞意表明を受けて、金融市場では円安、株高が進みました。新政権の下でより有効なコロナ対策がとられるとの期待が背景にあると見られます。さらに、新しい内閣の支持率が現状より高まることで、次回衆院選挙で自民党が大きく議席を減らすリスクが下がり、それが政治・経済の安定に貢献する、との観測もあるでしょう。
自民党総裁選は、当初、菅首相と岸田文雄前政調会長の一騎打ちの構図でしたが、菅首相の不出馬表明を受けて、総裁選への新たな出馬の動きが党内で強まっています。河野太郎行政改革大臣、高市早苗元総務大臣らです。菅首相の不出馬表明によって情勢は一変し、自民党総裁選は混戦模様となってきました。

安倍政権、菅政権が積み残した構造改革の推進が重要

菅首相は安倍前政権の継承者であることを自認していました。誰が新政権を担うかにも左右されるため、不確実性はなお大きいとは思いますが、その菅政権が終了することで、経済政策面でも安倍カラーが一段と薄れていく可能性をみておきたいと思います。安倍前首相は、アベノミクスと呼ばれたその経済政策で、「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「投資を喚起する成長戦略」の3本の矢を掲げました。ただし実際には、経済政策は積極財政・金融政策に依存する傾向が強く、構造改革の進展は十分ではなかったとされています。
菅首相は安倍前政権の経済政策の継承を掲げつつも、前政権のもとでは必ずしも十分に進まなかった構造改革を、自ら強い問題意識を強く対象に絞って進めようとしていたように見えます。携帯電話通信費の引き下げなどは、その一つです。しかし、実際にはコロナ対策に忙殺され、構造改革を十分に進めることはできませんでした。
次期政権には、安倍政権が積み残した課題であり、さらに菅政権も積み残してしまった課題である、構造改革を通じた経済の効率性向上、生産性向上、潜在成長率の向上に注力することを大いに期待したいところです。それこそが、日本経を長らく覆ってきた閉塞感を打破する唯一の道でしょう。

コロナ対策と一体化した構造改革推進を

新政権は、コロナ対策にめどがついた後に構造改革に着手するのではなく、コロナ対策と同時並行で推進していくことが重要です。具体例として3点挙げたいと思います。いずれもコロナ問題という逆風を逆手に取って進める、いわば「Withコロナの構造改革」です。
第1は民間レベルでのデジタル化の推進です。その一例としては、信頼性の高い中銀デジタル通貨(CBDC)の発行を通じて、キャッシュレス化を進めることが重要で、それは経済の効率化向上に貢献するでしょう。現金利用に伴う感染リスクが国民の間で広く意識されやすい現状は、そうした政策を前に進める好機でもあります。それに関連して、支払い履歴などのビッグデータの有効活用も重要です。
第2は、東京一極集中の是正です。感染リスクへの警戒やリモートワークの広がりを背景に、東京からその周辺及び地方への移住や、企業移転の流れが続いています。それによって、地方に埋もれてきた土地、インフラ、人材をより活かすことができるようになれば、日本経済全体の効率性向上に繋げられます。省庁の地方移転を進め、民間企業の地方移転を促すことも、東京一極集中の是正には重要な施策となります。
第3は、菅政権が政策課題に挙げながらも進められなかった中小企業改革、特に飲食、小売、旅行関連などサービス業での中小企業の生産性向上策です。これらはコロナ問題で最も打撃を受けている分野であり、また、国際比較で生産性が低い分野でもあります。コロナショックを奇貨とし、業種転換、M&Aなどを通じてこうした分野の改革を進めれば、経済全体の効率を高めることができるでしょう。

金融緩和・財政に強く依存したマクロ経済政策からの脱却

自民党総裁選の有力な候補者と現時点で考えられる顔ぶれの中で、金融・財政政策に強く依存する政策姿勢から最も距離を置きそうなのは、岸田元政調会長と河野行政改革大臣でしょう。岸田氏は、現時点では自民党総裁選での支持獲得を意識して積極財政、積極金融緩和を掲げていますが、昨年9月の自民党総裁選では、「財政健全化」を経済政策の3つの柱の一つに掲げていました。河野氏は、以前は財政破綻のリスクを強く警戒し、財政健全化の道を検討していました。
構造改革の推進で最も積極的と見られるのも両氏です。岸田氏は、昨年の自民党総裁選では、「日本イノベーション基金」の創設、AI・量子・宇宙・海洋等におけるイノベーション推進、「データ庁」の創設を主張し、デジタル田園都市国家構想を打ち出していました。
また高市元総務大臣の構造改革姿勢は、相対的には弱いように見えますが、それでも最先端のイノベーションと人材力の強化による「付加価値生産性の向上」、5Gや光ファイバーの全国展開、中小企業のデジタル化やRPA・自動化ロボット導入支援の強化、などを政策方針で謳っています。

いずれ日本銀行の正常化を後押しか

新政権の発足が、当面の金融政策に大きな影響を与えることはないように思われます。それでも、次期政権のもとでの日本銀行の金融政策は、安倍政権、そして菅政権よりも政治の影響力から逃れ、自由度が高まるでしょう。
まだ少し先のことですが、黒田総裁の任期が終わる2023年4月に日本銀行出身者が次期日本銀行総裁に指名されれば、それ以降は正常化策の実施がより円滑に進めやすくなり、長期に亘る異例の金融緩和がもたらす副作用の軽減に寄与することが期待されます。
正常化策は短期的には円高などを引き起こす可能性がありますが、長い目で見れば、金融市場の安定に貢献すると思います。ちなみに、日本銀行出身者が日本銀行総裁に指名される可能性は、安倍政権の下では低かったと思われます。安倍前首相は、その場合、日本銀行の政策姿勢が先祖返りをして、金融緩和に消極的になってしまうことを恐れた、と思われます。他方、新政権下では日本銀行出身者が新たに日本銀行総裁に指名される可能性は、十分に出てくると考えられます。
首相交代を契機に、日本経済が抱える最大の課題である低い潜在力を回復させるような構造改革が、コロナ対策と一体的に強く推進されることが望まれます。また、金融・財政政策に過度に依存する強い経済政策の枠組みから脱却し、金融市場の安定により配慮したマクロ政策が打ち出されていくことを期待したいと思います。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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