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ECBの1月政策理事会のAccounts-Premature

2018/02/23

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はじめに

ECBの金融政策については、本年10月以降の資産買入れに関する予告をどうするかが焦点であり、今回公表されたAccounts(議事要旨)によれば、1月の政策理事会で実際に論点となったことが確認された。同時に、労働市場の構造や為替レートについても様々な意見が示されたことが明らかになった。

執行部による金融経済の評価と政策判断

冒頭の執行部説明のうち、クーレ理事は、前回(12月)会合以降にEONIAカーブがsteep化した点-特に前回のAccountsの公表後に顕著になった点-を指摘し、資産買入れの停止と利上げに関する見方の顕著な変化を示唆した。また、昨年中の株価上昇について、ユーロ圏は景気拡大に伴う企業収益の回復期待によって説明しうるが、米国は別な要因が大きいとの分析結果を示した(この後の株価の調整を考えると興味深い指摘である)。

プラート理事は、ユーロ圏の景気拡大がより強固で幅広いものとなったことを確認し、足許の経済指標は経済成長率の予想比上振れを示唆していると説明した。もっとも、物価については、インフレ率の加速がエネルギーと食料品の価格上昇によるとし、基調的なインフレ率は2017年前半対比で減速していると指摘した。

これらの評価に基づき、プラート理事は、景気拡大と経済資源のslack縮小に伴い、インフレ率が目標に向けて収斂する動きに対する確信が強まったとしつつ、ECBは現時点では全ての政策手段の運営について現状維持とするのが妥当との考えを示した。同時に、すべてのフォワードガイダンスも現状維持を提案するとともに、政策理事会のコミュニケーションについて、①頑健な景気拡大を認める、②目標に向けたインフレの動きへの自信を確認する、③インフレ目標の達成のため、忍耐強く継続的な(patience and persistence)金融緩和の必要性を強調する、と方針で臨むことの重要性を確認した。

加えて、先行きの物価を評価する際は、①インフレ率の目標への収斂に関する疑念の解消、②インフレ率の予想パスの適切な収斂、③金融緩和の縮小の下でのインフレの目標への収斂、の三点に注目し、これらが満たされれば資産買入れの停止を決定すべきとの考えを確認した。

政策理事会メンバーによる議論

政策理事会メンバーの間でも、景気や物価に関する執行部の評価が、概ねコンセンサスとして共有された。特に景気に関しては、当面は実際の経済成長率が潜在成長率を上回って推移するといった強気の見方が目立つ。

その上で、労働市場と為替レートについて活発な議論が行われた。労働市場については、失業率が顕著に低下し、雇用者数も大きく増加した一方で、総労働時間が金融危機前に比べて低いとの問題が提起された。この点については、景気回復の過程での構造変化-サービス産業のウエイト上昇や女性の労働参加の上昇など-、労働に対する嗜好変化を映じたパート労働や一時的労働の増加といった要因が提示された。その上で、ECBが実施するサーベイ(SPF)において長期失業率の予想が大きく下方修正された点を考慮すると、現在の失業率でも相応のslackが残存すると推察すべきとの意見が示された。

為替レートに関しては、ECBにとって直接の政策目標ではないが、景気や物価の先行きに重要な影響を与えることに加え、過去の経験を踏まえると、景気や物価への影響度合いは為替レートの変動要因に依存するとの理解を確認した。

その上で政策理事会メンバーは、今回のユーロ高が、少なくとも部分的にはユーロ圏経済の回復を映じたセンチメントの好転によるとの理解を示し、そうであれば、域内企業はユーロ高によるコスト低下を(価格引下げに結びつけず)収益拡大に活用する結果、ユーロ高による物価への波及は抑制されるとの見方を示した。

もっとも、最近のユーロ高については、他の経済地域におけるコミュニケーション政策や金融政策の見通しによる面も強いとの見方を示し、そうであればユーロ高による物価への波及は強まりうるとの懸念を示した。さらに、ユーロの名目実効レートに比べて、ユーロ/ドルレートの増価が大きいことが指摘されたが、こうしたドル安は米国の金融経済動向に照らすと奇妙であるとした。

さらに、政策理事会メンバーは、最近の国際金融市場における為替政策や国際関係に関する発言に懸念を示し、特に為替レートについては2017年秋のIMF総会で確認した原則-過度ないし無秩序な変動は経済と金融システムに悪影響を及ぼすとの理解と、為替レートを競争政策の手段として用いたり、競争目的で目標値を設定したりしないとの合意-の堅持が重要とした。

つまり、1月の定例記者会見でドラギ総裁が上記の原則を再三強調した背後には、直前の政策理事会におけるこうした議論が存在した訳である。また、ファンダメンタルなユーロ高であれば、物価の下押し効果は少ないとの議論は、政策理事会メンバーの域内の総需要に対する自信を含めて興味深い。

もっとも、執行部説明が示唆するように、ユーロ高はECBによる金融政策の「正常化」に対する市場の見方の大きな変化によって加速した面もある。また、政策理事会メンバーが指摘したようにドル安の裏返しでもあり、ユーロ圏からみれば、同様に景気拡大局面にある米国がドル安を「享受する」のは不公平との不満もあろう。しかし、年初来のドル安の背景に米国の財政懸念が含まれているとすれば、米国にとってもドル安が恩恵でない面も生じてくる。

つまり、ECBには自身のコミュニケーションによってユーロの上昇圧力を緩和する余地が残る一方、米国がドル安を際限なく放置するインセンティブには疑問も残る。

政策判断

このような議論を経て、今回(1月)の政策理事会は政策手段とそのフォワードガイダンスのすべてについて現状維持を決定するとともに、プラート理事が再確認したコミュニケーションの方針に同意した。実際、今回の政策理事会で資産買入れに関するフォワードガイダンスを修正すべきとの主張は数名(some)に止まった。

もっとも、政策判断を巡る議論においても、ユーロ高や金利上昇が生じても株価の上昇などが拮抗する形でfinancial conditionは変化していないとの指摘や景気拡大(自然利子率の上昇?)に伴って、現状維持でも金融緩和効果が強まるといった指摘が目立つ。その意味では(直前のイタリア総選挙という政治要因は残るが)、次回(3月)の政策理事会で景気や物価の見通しをさらに上方修正した上で、資産買入れに関するフォワードガイダンスを見直すとの見方は相応の説得力を有してきた。

執筆者情報

  • 井上哲也

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部
    シニアチーフリサーチャー

    金融デジタルビジネスリサーチ部 シニアチーフリサーチャー

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