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NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 5月のFOMC-Symmetric

2018/05/07

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はじめに

5月のFOMCは金融政策の現状維持を決定した。景気や物価、政策金利の見通しの改訂もなく、パウエル議長による記者会見もないだけに、議論の分析は議事要旨の公表を待つ必要があるが、今回の声明文の変更は意外に大きな意味を持つ可能性もある。今後の政策運営への影響を中心にポイントを整理したい。

声明文のポイント

今回(5月)の声明文には、景気や物価の足許の状況を反映して、前回(3月)からいくつかの修正が加えられた(第1パラグラフ)。

まず、景気動向に関しては、雇用の増加が月によってばらついたことを映じて、雇用の強さの表現に「平均的には(on average)」という語が追加されたほか、家計の消費に関しても「昨年第4四半期の強いペースからは(from its strong four quarter pace)」成長が緩やかになったとの表現に変わった。

しかし、これらの表現自体が示唆するように、FOMCとしては米国経済が基調として拡大を続けていると評価している訳である。実際、設備投資に関しては強い拡大が続いているとの表現を維持している。また、第2パラグラフで、前回(3月)の「景気見通しが最近改善した」との表現が削除されたことも、前回(3月)の景気と物価の見通し(SEP)に実際に反映された事実を踏まえると、特に重視する必要はないと考えられる。

その上で、物価については、総合とコアのインフレ率の双方について、前回(3月)の「2%を下回り続けている」との表現から「2%に近づいた(moved closed to 2%)」へ評価を前進させた。この間、インフレ期待に関しては、前回(3月)の「最近は上昇し」の表現が削除され、単に「低位に止まっている(remain low)」との表現になったが、市場ベースの指標が横這い圏内の動きに止まったことを率直に反映したものと考えられる。

実際、第2パラグラフでは、FOMCが緩やかな利上げを継続する下で、雇用については強い状態が維持されるとの見通しが維持された一方、インフレ率についても、前回(3月)の「今後に上昇して、2%目標付近で安定する」との表現が削除され、「(2%目標付近で)推移し続ける」との見通しに変更された。さらに、「FOMCはインフレの状況を密接に監視する」との表現も削除された。

こうした第2パラグラフの変更に関する解釈については、既に米国内で様々な議論が行われているが、素直に読めば、FOMCとしてデュアルマンデートの達成に目処がついたとの判断を示したものと理解できる。しかも、上記のような景気や物価に対する評価を映じて、インフレの停滞リスクに関し、少なくとも従来のように神経質になる必要は最早ないとの考え方を示している訳である。

政策運営へのインプリケーション

その上で、第2パラグラフに関してもう一つ注目すべき修正は、「FOMCの中期的な2%の(インフレ)目標」という表現に「対称的な(symmetric)」という語が付け加えられたことである。FOMCがこの時点でインフレ目標の上下双方への対称性を強調したことは大変興味深い。

背景を正確に理解するには、議事要旨の公表を待つ必要があるが、現時点での仮説を挙げると、一つは米国市場にみられる利上げ加速の思惑を牽制する意図が考えられる。つまり、FOMCは実際のインフレ率が2%目標を上回っても柔軟に臨むとのスタンスを示すことで、2%を超えるインフレ率の出現が直ちに利上げペースの加速に繋がる訳ではないと説明したというものである。

もう一つの仮説としては、より本格的な意味で、FOMCとしてインフレ率の「(2%目標に対する)オーバーシュート」を許容すると宣言する意図が考えられる。「対称的に」という一語を加えただけで、そこまで重要な戦略変更を意味するのかという疑問も湧きそうだが、全く根拠のない話という訳でもない。実は、前々回(1月)のFOMC議事要旨によれば、スタッフによる分析をもとにメンバーがインフレ目標のアンカーについて議論し、目標のレンジ化や物価水準目標(price level targeting)の採用といった提案がなされていたからである。続く前回(3月)のFOMCでも、議事要旨によれば、インフレのオーバーシュートの可能性が議論されている。

もちろん、前々回のような提案はあくまで少数のメンバーからなされたものであるし、物価水準目標をまさに「対称的」に運営しようとすれば、景気低迷の際のundershoot分を景気拡大の際のovershootによって補う必要が生ずるというpro-cyclicalityの問題を考えると、米国のように物価が相応に循環的な動きを示す国で導入することのメリットとコストのバランスには疑問が残る。

それでも、実際に物価が2%目標に到達しつつある米国で「オーバーシュート」の議論が注目を集めることは興味深い。前回のFOMCにおける問題提起の背景には、おそらく、実際のインフレ率による2%目標の達成に目途がついた下でも、特に中長期のインフレ期待を2%にアンカーすることには、依然として不安があるものとみられる。

この点は、最近流行している「次の景気後退への備え」という議論に照らすと重要な意味を持つ。なぜなら、インフレ期待が景気後退のような循環的な動きに左右されず安定していれば、FOMCは政策金利の引き下げによって、実質マイナスの政策金利を比較的容易に実現しうるからである。このことは、米国市場よりも、インフレ期待の「re-anchoring」に不透明性が残る日本市場の方が、むしろよく理解しうることかもしれない。

もちろん、インフレ率の2%目標に対する「オーバーシュート」を許容するには、今後にインフレ率が相応に加速する兆しがあっても、現在の緩やかな利上げを(日銀やECBとは逆な意味で)「忍耐強く」緩やかなペースで続けることが必要になる。従って、現在の米国のように、税制改革による景気刺激効果の剥落が時間の意味である程度明確に見通せる場合は特に、利上げの「最終到達点」が低下するリスクを有している。そしてこれは、次の景気後退への備えとしては、むしろ不安材料になる。

いずれにしても、今回の声明文に加えられたわずか一語の修正は、意外に多くの意味合いを持つ可能性がある。今回の声明文が示唆するようにデュアルマンデートの達成に目処をつけたFOMCにとっては、景気を大きく壊さない程度に利上げをどこまで進められるか、そしてインフレ期待のアンカーをどこまで磐石にできるか、という点に議論の焦点がシフトし始めている訳である。

その意味では、インフレ目標の枠組みについても、上に見た名目政策金利の「のりしろ」と実質政策金利の緩和余地との比較といった観点も含めて、今後のFOMCにとって議論の焦点の一つになることが考えられる。

執筆者情報

  • 井上哲也

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部
    シニアチーフリサーチャー

    金融デジタルビジネスリサーチ部 シニアチーフリサーチャー

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