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2018/07/31

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イールドカーブ・コントロール導入時と似た構図

前回のコラム(「イールドカーブ・コントロール崩壊過程の始まりか」)でも触れたように、本日日本銀行が発表した一連の措置の本質は、「強力な金融緩和のための枠組み強化」という対外公表文のタイトルとは全く逆に、金融緩和策に伴う各種副作用への対応を主眼に置いた、事実上の正常化策である。この点は、追加緩和措置との位置づけである「政策金利のフォワードガイダンス」について、緩和促進派である2名の審議委員が反対していることからもうかがえるところだ。

また、フォワードガイダンスで2019年10月の消費税率引き上げに言及していることは、金融政策の正常化が消費税率引き上げのタイミングと重なることで、景気下振れリスクが増幅されることを懸念する政府への配慮、という側面もあるのではないか。

今回の措置やそれに関する日本銀行の説明は、表面的には追加緩和措置と銘を打ちながらも、実際には、事実上の正常化策の起点となった、2016年9月のイールドカーブ・コントロール(YCC)導入時とよく似ている。

「事実上の正常化策2.0」で「ステルス・利上げ」

この2016年9月のYCC導入後には、長期国債の買入れ増加ペースを縮小させる正常化策が始められた。今回は、長期金利の変動拡大及び上昇容認を通じて、国債市場の流動性低下と金融仲介機能の低下という金融緩和の副作用を軽減させることを狙った、事実上の正常化策である。この意味では、事実上の正常化策第2弾、「事実上の正常化策2.0」とも言えるだろう。また事実上の正常化策第1弾が、ステルス・テーパリングであることから、第2弾はステルス(こっそりと行う)・利上げとも言えるのではないか。

記者会見で黒田総裁は、10年国債利回りの変動レンジを、従来の上下0.1%の2倍である上下0.2%に拡大させる方針であることを明らかにした。黒田総裁は、国債市場の流動性に配慮して長期金利のより大きな変動を容認する一方、長期金利の上昇自体は意図していないと説明しているが、その説明を額面通りに受け止めることはできない。

ETFでステルス・テーパリングはできない

決定会合後の金融市場は、ある程度予想された結果であったこともあり、予想外に安定していた。またこれは、日本銀行が事実上の正常化策という本質を覆い隠し、追加緩和策であるかのような前向きの情報発信を行ったことの成果、とも言えるかも知れない。

他方ETF、J-REITについては買入れ額を柔軟化させる方針を示したが、これをテーパリングの始まりだと考えるのは現状では妥当でないだろう。確かに長期国債の買入れ増加額のペースについては、「約80兆円のめど」が維持されるもとで、実際にはその半分の水準まで縮小させてきたが、これは長期国債の買入れ増加額を操作目標から外したことで初めて可能となったのである。ETF、J-REITをそれぞれ年間約6兆円、900億円のペースとする正式な目標を掲げているもとでは、同様のステルス・テーパリングは実施できない。

将来的な物価目標柔軟化の布石か

「展望レポート」の消費者物価見通しでは、2019年度の政策委員の見通し中央値は+1.8%から+1.5%へ下方修正された。これはほぼ予想通りであったが、予想外であったのは、2020年度の見通しが前回の+1.8%から+1.6%へ下方修正されたことだ。これでは、消費者物価上昇率が2%に達する時期が、前回までの2019年度からかなり先送りされ、2020年度でも難しいということになる。さらに2年も先の物価上昇率見通しを相応に引下げることは異例のことであり、政策委員が物価上昇率の中長期均衡値の見通しを引き下げたことを意味してしまうのではないか。

この点から、2%の物価目標の達成については、もはや白旗を掲げたようにも見える。またこれは、2%の物価目標を将来、短期から中長期へと柔軟化する布石と読むこともできるのではないか。

他方、前回の会合後に総裁は「物価上昇率が思ったように高まらない理由を考える」と説明しており、市場でも相応に期待が高まっていたが、記者会見では物価について新味のある説明は聞かれなかった。もはや物価上昇率が高まらないことの言い訳も尽きた、ということではないか。

執筆者情報

  • 木内登英

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部
    エグゼクティブ・エコノミスト

    金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト

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