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OECDによる貿易戦争のリスク試算

2018/11/27

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年明け後に経済への打撃が一気に倍増

米国の保護貿易主義が世界経済にもたらす悪影響については、既に国際通貨基金(IMF)をはじめ、多くの機関がその試算値を示している。先週は、これに経済協力開発機構(OECD)が加わった。OECDの世界経済見通し(OECD Economic Outlook)の中で、世界経済の大きな下方リスクとして、その試算値が紹介されたのだ。

現在までに実施された米国による追加関税措置(鉄鋼・アルミへの追加関税、中国からの輸入品500億ドルへの25%の追加関税、中国からの輸入品2,000億ドルへの10%の追加関税)とそれに対する中国の報復関税措置により、2021年までに米国のGDPは0.2%程度、中国のGDPは0.3%程度、世界貿易は0.4%程度それぞれ押し下げられる計算だ。

一方、他国にとっては、こうした米中の報復関税合戦から受ける利益、いわば漁夫の利もある。それは、両国間の貿易と比べて、より低い関税率で両国へ製品輸出が可能となる効果だ。しかし、それは中長期的な効果であり、短期的には両国経済が減速することによる輸出及び経済へのマイナス効果の方が勝る。

ところで、米国は来年1月から、中国からの輸入品2,000億ドルに対する追加関税率を10%から25%へと引き上げる予定だ。この場合、米国のGDPの押し下げ効果は0.4%程度、中国のGDPの押し下げ効果は0.6%程度と、ともに一気に2倍となる。その際、世界貿易を0.6%以上押し下げる効果も生じる。米中貿易戦争が米中および世界経済に与える悪影響が、一気に2倍となるタイミングが目前に迫っている。

FRBの利上げを促すことで波及的な悪影響

さらにOECDは、米国が5,000億ドル超となる中国からの輸入品全体にまで追加関税を拡大させることを想定した試算も行った。また、こうした貿易戦争による先行きの経済環境の不確実性や地政学リスクなどを踏まえて、すべての国で設備投資に関わるリスクプレミアムが0.5%程度高まり、その分だけ資金調達コストも高まることも想定に入れている。その場合、米国のGDPは1.0%強押し下げられ、中国のGDPは1.4%程度押し下げられる計算となった。

このケースでは、世界のGDPは0.8%程度押し下げられる。また、世界貿易は2.0%程度押し下げられることになる。世界経済や貿易活動に甚大な打撃となることは明らかだ。

またOECDは、貿易戦争が与える経済、物価への影響を踏まえて、政策対応への影響についても検討している。上記の最後のシナリオの場合、追加関税導入によって、米国の消費者物価は0.9%程度も押し上げられる。こうした一時的な物価水準の上昇分に対して、OECDは、米連邦準備制度理事会(FRB)が、政策金利を0.5%拡大させるという対応を想定している。一時的な物価上昇に対する政策金利引き上げは、実質金利を上昇させることで景気に追加的な打撃を与えることが避けられない。

さらに、米国での政策金利引き上げは、ドルの価値を2%程度押し上げるとOECDは想定している。それは、新興国にとっては通貨安による物価上昇を通じて経済を悪化させるとともに、米国への資金の引き上げを通じて、金融市場のさらなる動揺を招く可能性がある。こうした、政策対応の波及効果も考慮にいれれば、上記の試算値で示された世界経済への悪影響は、さらに増幅される。

ところで、OECDの試算値に関する記述では、日本経済への影響については触れられていないため、ここで敷衍して議論をしておきたい。すでに見たように、上記の最悪シナリオの試算値によれば、世界貿易は2.0%程度押し下げられる。

世界の需要が2%低下する際には、日本のGDPは1年間で0.6%低下することが、内閣府「短期日本経済マクロ計量モデル(2015年版)」で示されている。その影響は、日本銀行の試算によれば潜在成長率が0.8%程度とされる日本にとっては、景気後退の直接的な引き金となり得る程の大きさだ。経済成長の実力を示すこの潜在成長率との見合いで考えれば、米国や中国以上に、当事者ではないはずの日本経済への打撃が大きいことになる。そして、これに、来年からは日米貿易交渉の影響が加わってくることから、その行方次第では、日本経済はこうした外的なショックによって深刻な打撃を受けることになる。

執筆者情報

  • 木内登英

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部
    エグゼクティブ・エコノミスト

    金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト

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