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2018/11/30

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米中貿易戦争の終結はあり得ない

12月1日の米中首脳会談を前にして、米政府からの情報がやや錯綜している感がある。11月29日にトランプ大統領は、「中国との通商交渉で妥協に近付いている」と説明する一方で、「それを自分が望んでいるかは定かでない」と、あたかも交渉の当事者ではないかのような不可解なコメントをしている。

また、30日付けのウォール・ストリート・ジャーナル紙は、中国側の大幅な譲歩と引き換えに、トランプ政権が来年春まで追加関税の適用を見送る方向での合意を目指している、と報じた。しかし、合意に達するかどうかは不明だ、とも述べている。

従来の対中貿易交渉では、トランプ政権の姿勢は常に、対中強硬派と穏健派の間で揺れ動いてきた。これは、安全保障重視派と国際協調派と言い換えることもできるだろう。前者の代表格が、ピーター・ナバロ大統領補佐官とライトハイザー米通商代表部(USTR)代表、後者の代表格が、ムニューシン財務長官、クドロー国家経済会議(NEC)委員長だ。今回、中国側に大幅な譲歩を提案するよう促し、米中首脳会談の実現へ向けお膳立てをしたのは後者のグループだろう。それが、冒頭での当事者意識を欠いたかのようなトランプ大統領の発言の背景にあるのではないか。

トランプ大統領は、中国側が提案している市場開放の拡大やエネルギー関連などでの米国からの輸入の大幅拡大に満足していないはずだ。トランプ大統領が最も重視しているのは、製造業で強国を目指す「中国製造2025」の修正や知的所有権侵害への対応であるが、これらについては、米国側の要請に中国は全く答えていない模様だ。この状況のままで、トランプ政権が中国との貿易戦争を終結させ、追加関税措置を撤回することなどはありえないだろう。

米中貿易協議の枠組みでは合意か

市場開放の拡大や輸入拡大は、従来から中国が何度も米国に提案してきた譲歩策だ。しかし、そうした中でも、米中間の貿易戦争がここまでエスカレートしたのは、トランプ政権の最大の関心は、実は、米中間の貿易不均衡是正ではなく、「中国製造2025」のもと、あるいは米国からの技術流出などを通じて、中国の先端産業が米国を追い越し、米国の軍事的優位を脅かすことを未然に防ぐ点にあるからだ。この点で中国が大幅に譲歩しない限り、トランプ政権が中国との貿易戦争の完全停戦に応じることはないだろう。他方で、「中国製造2025」を修正することは、中国の政治・経済システムを海外からの圧力によって修正することを意味しており、中国政府はこの点では容易に譲歩できない。

米中首脳会談で合意されることがあるとすれば、それは、中国側の市場開放、輸入拡大に加えて、米国が強く求める「中国製造2025」、知的所有権侵害問題を含む2国間での包括的な貿易協議の枠組みを合意することだけではないか。その際、中国側のさらなる譲歩を引き出すために、年初から予定されている中国からの2,000億ドル相当の輸入品への追加関税率を現行10%から25%に引き上げることをしばらく猶予する、あるいは中国からの輸入品全体に追加関税をかけることをしばらく猶予する、等をトランプ政権が表明する可能性は残されている。これは、一時停戦と表現しても良いかもしれない。

しかし、最終的に中国側が「中国製造2025」、知的所有権侵害問題で譲歩しない限り、停戦は恒久的ではなく一時的でしかないだろう。穏健派がまとめた米中対話の枠組みに対して、再び対中強硬派がその撤回と追加関税拡大を強く主張し、トランプ大統領もそれを受け入れる可能性は十分に考えられるところだ。穏健派がまとめた米中対話の枠組みのもとで、協議中は追加関税措置はとらないという約束を、トランプ政権が一方的に破ったことは、既にこの夏に実際起きている。

対中強硬派と穏健派の間で揺れ動くトランプ大統領の対中貿易政策は、一貫性を欠き、予測不能といった傾向が強い。ただし、トランプ大統領自身の考えは、基本的には対中強硬派に近いことから、大きな政策の流れはその方向となりやすいだろう。

執筆者情報

  • 木内登英

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部
    エグゼクティブ・エコノミスト

    金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト

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