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BOEのカーニー総裁の記者会見-Not automatic

2019/08/02

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はじめに

BOEは、今回の(8月)のMPCで金融政策の現状維持を決めたほか、Inflation Report(IR)では、当面の経済成長率見通しを若干下方修正した一方、インフレ率見通しは概ね不変に据え置いた。しかし、カーニー総裁の記者会見では、こうした見通しよりも、円滑なBrexitを引続き前提としていることの妥当性や、より「現実的」な前提に変えた場合の影響度合いなどの方に焦点が当たった。

経済と物価の見通し

今回(8月)の新たな実質GDP成長率見通し(median)は、2019~21年にかけて+1.3%→+1.3%→+2.3%となった。これを前回(5月)と比べると、2019年と20年が0.2ppおよび0.3ppと相応の幅で下方修正された一方、2021年は0.2pp上方修正された。

カーニー総裁は、足許の景気がBrexitに備えた在庫投資や(自動車産業での)夏季休暇の前倒しといった要因で不安定化している点を指摘した上で、一時的な動きを除いた基調でみると、英国経済は2018年の後半以降、潜在成長率を下回るとの理解を示した。

この間、雇用や所得の堅調さを背景に消費は底堅さを維持しているとしたほか、本年前半以降の世界的な金融環境の緩和も、景気を下支えしていると主張した。このため、2021年にはBrexitの不透明性が減衰することに加えて、前回(5月)の見通し対比で相当に緩和的な金融環境が景気を押し上げるとの見方を示した。

一方、今回(8月)の新たな消費者物価上昇率見通し(median)は、 2019~21年の各第4四半期にかけて+1.6%→+2.1%→+2.2%とされ、前回(5月)に比べても、2020~21年の各第4四半期が各々0.1pp上方修正されただけで、概ね不変となった。

景気見通しの引下げに拘らず物価見通しを維持した背景について、IRは、堅調な雇用を背景に賃金上昇の圧力はいずれ高まるとの見方を示した。また、カーニー総裁は、見通し期間の前半に設備投資が控えられる結果、見通し期間の後半に需要が回復するに連れて、需給ギャップの逼迫度合いが高まるとの期待を示した。

これらの議論自体は整合的であるが、今回(8月)の記者会見では、政治情勢の変化によってno-deal Brexitの可能性が高まったように見える中で、見通しが依然として円滑なBrexitを前提としていることの妥当性を質す向きが多く見られた。そうした質問の中には、企業や家計に対して「正しい」情報を示すことがBOEの責務であるとの考え方に基づく批判も含まれていた。

これに対しカーニー総裁は、新政権も最初からno-deal Brexitを望んでいる訳ではなく、EUとの再交渉を含む調整に注力する姿勢を示している点に言及しつつ、円滑なBrexitを前提とすることの妥当性を主張した。

加えて、一言で「no-deal Brexit」と言っても、具体的にどのようなプロセスないし着地点になるかは非常に多様な可能性がありうると説明し、従って、no-deal Brxitを前提とした分析が困難ないし恣意的になるリスクがあることも示唆した。

前提の妥当性は、景気や物価の見通しに対してさらに別な影響も及ぼしている。つまり、IRによる見通しの前提となる政策金利のパスは、見通しの「中立性」を確保する観点から、MPC自身の意向ではなく市場の予想を前提としている。ところが、世界経済の減速に対する主要国での金融緩和バイアスの明確化に加えて、 no-deal Brexitに関するリスクの高まりを映じ、今回(8月)の市場予想は、前回(5月)に比べて相応に下落した。

具体的には、前回(5月)の市場の予想は、BOEの政策スタンスを反映して緩やかな利上げを織り込んでいた。これに対し今回(8月)は、2020年の前半にかけて0.5%まで緩やかに低下したあと、現状維持に転ずるとの見方に変わった。実は、先に見たように緩和的な金融環境が2021年の景気拡大を支えるという主張は、技術的にはこの点にも関わっている。

MPCも「非整合」な状況が生じた点を認めた上で、市場の予想が変化した場合に景気や物価の見通しがどの程度影響を受けるか、という感応度についての推計を、今回(8月)のIRで示している。批判に答えて前提を変えることも技術的には可能だが、見通しの一貫性に支障が生ずるだけに、BOEの対応は現実的といえる。

政策判断

政策運営に関しては、今回の(8月)のMPCで現状維持を決定したことより、no-dealを含めたBrexitの中での政策運営の方が重要である。もっとも、市場の期待は小幅ながら利下げにバイアスがかかっているが、今回(8月)の記者会見でカーニー総裁は、自動的な利下げではないとの考えを再三にわたって強調した。

理由に関してカーニー総裁は、ポンド相場を含む資産価格の変化の方向が、その時々の状況によって変わることを指摘した。また、 Brexit後のEUを含む主要な関係国や地域との新たな経済条約の内容如何で、物価に上下どちらの方向の影響が生ずるかは、アプリオリには判断できないと考えも示した。

その上でカーニー総裁は、Brexitに対して金融緩和を行うとしても、金融政策だけでネガティブ・ショックの影響を吸収することは困難であり、企業や家計による調整コストを軽減することで、英国経済が新たな状況に円滑に移行することを促す、ないし助けることに主眼があるとの考えを示した。

こうしたBOEの役割論に関しては、一部の記者から、特にno-deal Brexitの場合に生じうる金融システムや金融市場の不安定化への対策について質問が示された。

これに対してカーニー総裁は、英国の金融機関が世界金融危機の以前に比べて自己資本の厚みや内容は顕著に改善したとの理解を示したほか、EU側の金融当局との密接な協力を進めていることを説明して、英国の金融システムが不安定化するリスクに否定的な見方を示した。

ただし、カーニー総裁も、金融システムがresilientでも、金融市場のボラティリティ上昇は避けがたく、これが金融環境のタイト化を通じて実態経済にフィードバックするメカニズムに警戒を示した。加えて、中堅・中小企業にはサプライチェーンの再構築といった抜本的対策を取れず様子見になっている先もあるだけに、Brexitが予想通りでも、実体経済への影響を伴うリスクを示唆した。

その意味で、カーニー総裁としては、Brexitを前にBOEとして予防的な対処しうることは、既に基本的にやり切ったという判断なのかもしれない。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融ITイノベーション研究部

    主席研究員

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