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ECBの7月政策理事会のAccounts-Temporary dichotomy

2019/08/23

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はじめに

ECBの7月政策理事会の議事要旨(Accounts)は、景気と物価の先行きに関する見方が明確に慎重化したことを示しており、記者会見でのドラギ総裁の説明も、こうした議論に裏打ちされていたことが確認できた。

経済情勢の判断

レーン理事は、足許の経済指標やセンチメントを踏まえると、ユーロ圏の実質GDP成長率が第1四半期をピークに減速するとの見方を示した。このうち消費は、良好な雇用環境や一部国の財政刺激を背景に堅調さを続ける見通しである一方、輸出は自動車や資本財を中心に減速が明確になり、この点が設備投資の弱さにも繋がり始めているとした。

政策理事会メンバーも、地政学リスクや貿易摩擦、新興国の脆弱性等に関する不透明性が長期化していることがセンチメントを抑制しているとの理解を示した。また、海外経済に関しては、Brexitや中国における経済構造転換(投資から消費)も不透明性の源泉と指摘した。

その上で、ユーロ圏経済が6月見通しに照らしてやや軟調であるとの見方で一致し、昨年来の景気減速が予想より長期化している可能性を指摘するとともに、本年後半での景気回復とのシナリオに疑念が生じたことを認めた。

一方、雇用や賃金、金融環境など、個人消費の背後にあるファンダメンタルズは引続き堅調である点も確認し、このことがサービス業や建設業での活動の好調さに繋がっているとの整理を示した。

製造業とこれら業種との好不調の二面性については、外需と内需を巡る環境の違いによるとの見方と、製造業の弱さがサービス等にも波及するとの見方の双方が示された。また、製造業の不振が顕著なのは域内主要国であるだけに、サプライチェーンを通じて地理的にも影響が拡散する可能性も指摘された。

これらの議論を踏まえて、レーン理事と政策理事会メンバーはともに、景気の下方リスクが引続き大きいとの評価を維持した。なお、政策理事会メンバーは、ユーロ圏全体としてみて若干拡張的な財政政策が景気を下支えしている点も指摘し、今後の景気が一段と減速した場合には、財政政策の役割がより重要になるとの見方を示した。

物価情勢の判断

レーン理事は、足許の総合インフレ率がエネルギー価格の下落の影響を受けている一方、賃金やユニットレーバーコストの上昇率の加速にも関わらず、インフレの基調は停滞を続けているとの見方を示した。この間、市場ベースのインフレ期待が上下動を続ける一方で、ECBによるSPFの結果を引用しつつ、サーベイベースの長期インフレ期待が足許で軟化したことに懸念を示した。

政策理事会メンバーも、こうした見方を概ね(broadly)支持し、賃金を含むコストの上昇圧力が物価に反映されるまでに想定以上に長期を要している点を確認した一方、企業のマージンによる吸収の持続性に疑問も示された。

インフレ期待についても、Lane理事の示した懸念が広く(widely)共有され、既に歴史的に低水準にあるだけに注視が必要と指摘した。加えて、市場ベースとサーベイベースとの絶対水準の差は、デフレを含む低インフレのリスクに対するヘッジを反映したマイナスのリスクプレミアムを映じたものとの理解も示された。

政策判断

レーン理事は、実際のインフレ率と今後の見通しの双方が目標を持続的に下回っている下で、政策理事会としては長期にわたって緩和的な政策を維持する必要性を強調すべきと提案した。その上で、インフレ見通しが好転しない場合には、今後の政策理事会で政策対応を行う用意がある点を強調すべきと主張した。

従って、7月の政策理事会では、①フォワードガイダンスに緩和バイアスを再び付与する、②域内の中央銀行に対して、フォワードガイダンスの強化や、当座預金の階層構造のような副作用の軽減策、新たな資産買入れの内容を含む政策対応について検討を開始するよう求める、の二点を決定することを提案した。

政策理事会メンバーも、金融緩和の長期にわたる継続の必要性に広く(widely)合意するとともに、金融政策をインフレ目標との関係で上下対称に運営する方針を確認する重要性を指摘した。

もっとも、政策理事会による物価安定の定義は事実上非対称であるだけに、政策運営の対称性は物価目標の妥当性と一体で見直すべきとの意見や、物価目標の妥当性は政策運営の戦略の全般的な見直しの中で再検討されるべきとの意見も示された一方、政策運営方針の明示は、将来のそうした見直しを妨げるものではないとの指摘もなされた。

その上で政策理事会メンバーは、7月政策理事会での上記二つの決定内容に概ね(broadly)合意した。このうち緩和バイアスは、イールドカーブの短期ゾーンが不安定化し、意図せざる引き締め効果が生ずることを防ぐとの理解を示した。

この点は政策手段に関する議論にも繋がり、ユーロ圏ではイールドカーブの長期ゾーンにおけるタームプレミアムは既に長期にわたって抑制されてきた一方、短期ゾーンの変動がリスクであるとの指摘がなされた。これに対し、過去には利下げと資産買入れのような政策パッケージが効果を発揮しただけに、今回も相互に補完性やシナジーを有する政策手段のパッケージと位置づけられるべきとの反論もなされた。

加えて、フォワードガイダンスを(カレンダーベースでなく)経済情勢に即した形で強化する場合には、物価目標との整合性にも注意すべきとの指摘がなされた。

コミュニケーション

7月の政策理事会では、以前のプラート理事が主導したようなメンバーに対する対外発信の方向付けは行われず、むしろ政策理事会メンバーが主導で対外発信の留意点を整理している。

つまり、経済情勢について必要以上に悲観的な印象を与えないようにする一方、インフレ目標の達成に向けて必要な政策手段を欠くという印象も与えないようにするという微妙なバランスを維持すべきというものである。この点は、言うまでもなく、ECB以外の主要な中央銀行も現在共有している課題である。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融ITイノベーション研究部

    主席研究員

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