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Jackson Holeにおけるカーニー総裁の講演-複数通貨システム

2019/09/02

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はじめに

カンザスシティ連銀によるJackson Hole会合に際しては、パウエル議長による講演に市場の注目が集まったが、国際金融システムに関するBOEのカーニー総裁の講演も興味深かった。数少ない報道も内容の一部のみに焦点を当てていたので、本コラムでは改めてその内容と意味合いを検討したい。

金融政策への影響

カーニー総裁は、現在の国際通貨・金融システム(IMFS)の下で金融政策が困難に直面しているとの理解を示した。

すなわち、経済活動のグローバル化、支配的通貨による価格付け(DCP)の拡大、世界経済における米国のシェア低下と米ドル通貨のシェア拡大との不均衡といった要因によって、米国内の金融経済の状況が世界に波及する状況に陥っているとした。

加えて、不適切で分散的なセーフティ・ネットの下で、新興国はドル資産を積み上げ、国際金融システムを通じた持続的な資本フローが縮小する結果、世界の経済成長率は構造的に低下し、そのことが均衡利子率(r*)を低下させているとした。こうしたr*の低下によって、効果的な金融緩和が困難となったという訳である。

これに対しカーニー総裁が示した処方箋は、IMFSの課題への対応と重複した面があるため、以下で改めて議論したい。

IMFSの課題

カーニー総裁は、まず、「各中央銀行が自国の金融経済の安定化に専念することが望ましい国際協調である」という通説を取り上げ、 ①変動相場によって外的ショックは吸収される、②国際金融において対応すべき外部性は小さい、という仮定に基づくと整理した。

その上で、こうした理解は既に時代錯誤(anachronism)であると断じ、先に見た経済活動のグローバル化やDCPの広がり、米国経済と米ドル使用の不均衡をその背景として挙げた。このうちDCPに関しては、各国の輸出入物価が、需給バランスよりも米ドルの為替相場によって左右されることが問題であるとした。

また、米ドル使用の不均衡に関しては、世界中の資産や負債の大半が米ドル建てとなった結果、世界経済におけるウエイトを低下させつつある米国の金融経済が、世界の金融経済を依然として左右しているとの理解を示した。

このため新興国では、独立した中央銀行によるインフレ目標の採用や、国内金融システムの頑健性強化といった対応を講じているにも関わらず、ドルの為替相場によって資本フローが大きく左右される事態に直面し、先進国におけるopen-end fundの成長によって、そうした状況は一層深刻になっていると指摘した。

IMFSの改革

こうした理解を踏まえて、カーニー総裁はカードゲームに喩えつつ、時間的な視野に即した対応を提唱した。このうち、短期は、「手持ちのカード」で対応する観点から、各国の中央銀行がインフレ目標の(上方への)柔軟化と財政政策の支援によって、成長率の低下に歯止めをかけるべきとした。

中期は、「カードを配り直す」観点から、新興国に対して、上記のような政策努力の継続を求めるとともに、米ドル建て債務の圧縮やマクロプルーデンスの強化を提唱している。

一方で主要国に対しては、自国の金融経済の安定性を維持するという上記の通説にそった対応に止まらず、IMFSの不安定化の要因を除去するよう求め、特にopen-end fundを再び取り上げた上で、流動性やレバレッジの面での監視を強めることで、これらのfundがpro-cyclicalな資本フローを生じないようにすべきとした。

併せて、グローバルな流動性のセーフティネットを拡充することで、新興国による米ドル資産の非効率な積み上げ(savings glut)を抑制すべきとし、上記の監視と併せてIMFのような国際機関の役割に期待を示した。

最後に長期については、米ドルによるDCPを脱し、複数通貨による国際金融システムへの移行を提唱した。

つまりカーニー総裁は、経済規模の点で米ドルを継承するのに有力な候補である人民元には、内外の資本フローや金融政策、金融システムの運営の点で多くの課題が残っており、それらの対応には時間を要するとの理解を示した。

また、英ポンドから米ドルへの転換を振り返り、第一次大戦後の欧州中心のモノの流れの崩壊や債権国としての米国の圧倒的な地位、FRBの設立といった要因があったにも関わらず、金本位の残存もあって転換は円滑でなく、しかも、財やサービスの取引手段から富の貯蓄手段へ段階的に移行したことを指摘した。

このためカーニー総裁は、米ドルによるDCPからの移行先としては、複数通貨を併用する体制が現実的であると示唆するとともに、世界経済における当該国のウエイトとその通貨の活用範囲に不均衡が生じにくく、従って、特定国の金融経済の状況が幅広く波及効果を持つリスクを減殺できるメリットがあるとした。

その上で、複数通貨を併用することのコストはイノベーションによって抑制しうると主張し、現在リテールの領域で進行する技術革新を根拠として示した。さらにLibraを主要な事例としてあげた一方で、様々な問題を抱えていることを認め、より優れた代替案として「公的覇権通貨(SHC)」の可能性を示唆した訳である。

インプリケーション

米ドルによるDCPの下では、先進国でも独立した金融政策の運営が困難である点は、新たな議論ではないが、FRB主催の会議でBOE総裁が率直に指摘したことは印象的であり、開放度の高い英国経済の困難さを感じさせる。ただ、同じ困難さに直面する新興国に対して、独立した金融政策を求めることも同様に難しい。

一方、 open-end fund に対する監督強化を強調した点は、 カーニー氏の経歴と照らしても注目される。将来の金融危機のグローバルな波及を防止する上でポイントである一方、政策当局としては現状の監督では不十分との理解が示唆される。

最後に、SHCは判然としないが、複数通貨体制の中で取り上げた以上、Libraのように通貨バスケットに裏打ちされつつ、公的主体が発行する通貨を想定しているのであろう。IMFSの行き先としては一定の合理性を有する一方、先進国間で相互に異なる経済状況に対し金融政策の柔軟性を確保しうるかどうかという、まさにカーニー総裁が提起した課題が残っている。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融ITイノベーション研究部

    主席研究員

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