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ECBの9月政策理事会のAccounts-Reservations

2019/10/11

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はじめに

ECBの9月政策理事会は、金融緩和の実施自体には幅広い支持を示したが、資産買入れの再開等には様々な留意点(reservation)が指摘されたことが確認された。

金融市場の評価

クーレ理事はこの間の金融市場の特徴を総括し、第一に世界経済の鈍化懸念を映じて実質金利の低下が大きく、第二にドイツ国債の利回りからみて、ELBによる長期金利の反応の非直線化はみられないが、短期市場の取引低下からみて、ELB自体への意識は窺われるとした。

第三に、国債利回りがマイナスとなったことに伴って、市場がヘッジの場をスワップへシフトさせたことで、これまでドイツ国債の量的不足の指標とされてきたドイツ国債とOISとの利回りスプレッドが拡大したり、金価格が継続的に上昇したりしているとした。

景気と物価の判断

レーン理事は執行部の立場から、貿易摩擦を含む海外要因による製造業の減速を主因に、ユーロ圏の景気の弱さが長期化する状況にある点を認めた。一方で、雇用の堅調さやマインドの良好さ、バランスシートの健全さなどに支えられて消費は底堅さを維持しているとの理解を示し、住宅投資の堅調も指摘した。

これらを踏まえ執行部は2021年にかけての景気見通しを引下げたが、緩和的な金融環境や家計の良好な環境、財政スタンスの緩和等の下支え要因を挙げた一方、設備稼働率の低下や(雇用面の)供給制約といった要因も成長を抑制するとの認識を示した。

政策理事会メンバーもこうした見方を幅広く(broadly)共有したが、外需の停滞が時間とともに内需に波及するリスクや円滑でないBrexitを考えると、見通しは楽観的過ぎるとの見方も示され、一部では輸出の減速が雇用に影響し始めていることも指摘された。

物価に関しても、基調インフレが低位であり、目標への収斂に時間を要するというレーン理事の評価に、政策理事会メンバーも広く(broad)合意した。また、景気見通しが不透明な下では賃金から物価への波及も不確実になっているとの指摘もなされた。

なお、インフレ期待について政策理事会メンバーは足許で変化なしとの理解を示した一方、低位で推移し続けることへの懸念も示された。また、市場ベースの期待は、リスクプレミアムの動きに左右される点に留意が表明された一方、それ自体が低インフレに対するヘッジニーズを反映している可能性も指摘された。

政策判断

これらの評価に基づき、レーン理事は物価が中期的に目標へ収斂する動きを支えるため、金融緩和の実施が必要であるとの判断を示し、政策変更のパッケージを提案した。内容に関しては、まず政策金利の引下げとフォワードガイダンスの強化が、中短期ゾーンの金利の引下げをもたらし、後者は景気の先行きに不透明性が高い下で市場の期待を安定させるとともに、今後の利下げ余地も示唆する点で重要との理解を示した。

また、資産買入れは、再投資の継続と併せて長期ゾーンの金利を抑制するとしたほか、他の手段との関連付けによる機動的な運営によって、長期金利に上昇圧力が生じた場合にも抑制しうるとの理解を示した。さらに、市場に対するシグナリングや金融機関に対する収益効果も期待できるとした。

TLTRO IIIの条件緩和は、金融機関の資金調達や顧客への貸出条件の緩和に寄与し、当座預金への階層構造の導入も、副作用を抑止しつつ、政策効果の波及を保護すると説明した。

これに対し、政策理事会メンバーの全員が金融緩和の必要性に合意した一方、政策判断は市場の期待でなく、自らの判断に基づくべきとか、景気には健全な側面もありデフレのリスクも小さいので、政策対応は状況に即したものとすべきとの指摘もなされた。

その上で政策理事会メンバーは、金融緩和パッケージのほとんど(most)に幅広く合意し(broad agreement)、様々な手段には個別には限界もある一方、相互に補完性もあることに加えて、物価目標の達成に対するコミットメントを強調する点を指摘した。

内容面では、TLTRO IIIの条件緩和に大多数(large majority)が合意したほか、保有債券の再投資にも全員が合意した。一方、フォワードガイダンスの強化にも幅広い(generally)合意が得られたが、一部(a few)はカレンダーベースの延長を指向した。さらに、信認の維持などの点で内容の複雑化に慎重な見方が示されたほか、数名(some)はインフレ目標との明示的な関連付けの可能性も提起したが、信認強化の効果に対する疑問も示された。

資産買入れに関しては、明確な多数(clear majority)が合意し、緩和パッケージに不可欠な要素であり、保有債券の再投資では不十分として、景気後退やインフレ期待の不安定化のリスクへの対応に関するコミットメントの明確化に繋がるとの指摘がなされた。

一方で、多く(a number of)のメンバーが必要性に疑問を示し、長期金利が低い下での効果の限界、より状況が悪化した場合の最後の手段として温存すべき点、市場へのシグナリングより(景気への)効果に基づいて判断すべきこと、イールドカーブのフラット化による金融仲介への副作用などが指摘された。

加えて、政策効果が不明確な下で市場はより大規模な買入れを求める可能性があり、国債の供給不足や金融政策と財政政策との境界の一層の不明確化を招くとの指摘もなされた。これに対しては、当面の買入れ規模は小さく、域内国の財政拡張の下で買入れには支障は生じないとの反論もなされた。

この間、マイナス金利の深掘りには大多数 (a very large majority)が合意し、20bpの引下げによって資産買入れは不要との意見も示されたのに対し、当座預金の階層化への合意は多数(majority)に止まり、金融仲介は機能しており、TLTRO IIIも含めて銀行だけに救済措置を講ずることは問題とか、短期金利に上昇圧力を生ずる等の多くの(a number of)留意点が挙げられた。

今後への意味合い

Accountsが率直に多様な反論を記述したことは異例であり、政策理事会内の意見の相違が明確に確認された。その中には資産買入れや当座預金の階層化のように、パラメーターの調整によって妥協を探りうる内容もあるが、景気動向次第で、緩和パッケージの内容が11月以降の新体制の下でいずれの方向にも変化しうるという点で、政策運営にはむしろ不透明性が増している。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融ITイノベーション研究部

    主席研究員

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