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着地点が見えない米国政府閉鎖

2019/01/21

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非常事態宣言は見送り

トランプ大統領は18日(金)に、「南部国境の人道的危機と政府閉鎖に関し、19日(土)午後3時(日本時間20日午前5時)にホワイトハウスから重大な発表を行う」と突如ツイッターで表明した。トランプ大統領が従来からその可能性を示唆していた、「非常事態宣言」を発動するのではないか、との観測が一気に広まった。政府が非常事態宣言をすることで、災害復興向けに確保されていた国防予算を壁建設に活用するなど、議会の承認を経ずに政府が壁の建設を進めることが政府内で検討されてきた。しかし、戦争や甚大な自然災害時における発動が想定されている非常事態宣言を国境警備強化のために政府が行えば、憲法違反の疑いもあるとして法廷闘争に発展する可能性がある。

実際に、トランプ大統領が発表したのは、子供のころに不法移民の親とともに米国に入国した「DACA」と呼ばれる約70万人について、3年間の暫定保護期間を設けるという提案だった。これと引き換えに、民主党に対して57億ドルの壁建設費用を含む歳出法案を可決するよう求めた。民主党は不法入国の若者に対する恒久的な救済措置をもともと主張していることから、この妥協案を受け入れない考えを既に示している。ただし、トランプ大統領が今回譲歩案を示したことは、政府閉鎖問題の解消に向けたある種の前進だ。

政府閉鎖長期化で懸念される経済への悪影響

米国での政府閉鎖は20日で30日目と、歴代最長記録を更新し続けている。連邦政府職員80万人は自宅待機、あるいは無給での勤務を強いられている。その他に、政府向け業務を請け負う企業約1万社も政府閉鎖の影響を受ける。無給での勤務を強いられている連邦政府職員の中には、空港の保安検査員などの職員もいるが、無給で働くことを嫌がり病気を理由に欠勤する職員が増えている。そのため、空港のセキュリティ・チェックに支障が生じているという。

ホワイトハウスの推計によると、38万人の連邦政府職員が自宅待機を命じられて業務が停滞した結果、閉鎖が続く限り1週ごとに、GDPは0.08ポイント押し下げられる。連邦政府が業務を委託している業者も業務を停止している影響で、GDPはさらに0.05ポイント下押しされるという(それぞれ、GDPの四半期年率換算値への影響に関する試算と推察される)。合計でGDPは毎週0.13%押し下げられる。4週間以上続く政府閉鎖で、1-3月期の米国GDP成長率は既に年率で0.5%以上押し下げられた計算だ。

また、経済への影響は、自宅待機、あるいは無給での勤務を強いられている連邦政府の消費活動によって左右される面もある。米ノースウェスタン大学のスコット・ベーカー准教授、ニューヨーク大学のコンスタンティン・ヤネリス准教授の分析によれば、2013年の政府閉鎖の際には、無給となった政府職員の消費支出は10~15%落ち込んだという(注1)。

米ミシガン大学が18日発表した1月の消費者態度指数(速報値)は、前月から7.6ポイント低下して90.7となった。2016年10月以来2年3か月ぶりの低水準であり、16年11月にトランプ氏が大統領選に勝利して以来最低水準となった。政府閉鎖が消費者心理に悪影響を与えている可能性を示す一つの証左だ。

2020年大統領選挙に向けた駆け引き

ウォールストリート・ジャーナル紙によると、トランプ政権内では、政府閉鎖の対応を巡って意見が大きく割れているという(注2)。ホワイトハウス内部では、側近が中道派の民主党議員らとの会議を設定し、その場で壁建設費用として要求してきた57億ドルを減額するよう、トランプ大統領を説得しようとしている。他方で、トランプ氏の政治アドバイザーらは、たとえ政府閉鎖が長引いたとしても、大統領の支持層にとっては国境の壁の方が重要な問題だとし、大統領に安易に民主党と妥協をしないよう、働きかけている。19日にトランプ大統領が示した提案は、両者の意見の折衷案のようなものであったのかもしれない。

世論調査では、政府閉鎖の責任が大統領にあるとの意見が強まっている。また、政府閉鎖の影響力で経済に悪影響が及ぶことや、株価下落などが生じることは、トランプ大統領に譲歩を促す要因となろう。しかし、トランプ大統領が最も重視しているのは、現在の有権者の評価、支持ではなく、2020年大統領選挙時の有権者の支持だ。壁の建設で民主党に妥協しないことで、選挙公約を必ず実現するとの強い姿勢を見せ、コア支持者からの支持を維持することこそが、大統領選挙での再選を果たす上で最も重要だと、現在は考えているのだろう。

他方で民主党も、2020年大統領選挙での政権奪回を最優先に考え、ヒスパニック系有権者などの支持を固めるため、壁建設問題で一切妥協すべきではないと考えているのだろう。共に、まだ2年も先の有権者の投票行動への影響という非常に不確実な予想を前提に、現在の対応を決めていることになる。

現時点での世論が問題解決に向けて大きな影響を与えるとは限らないという点が、最終的な着地点の見定めを非常に難しくしていると言える。

(注1)「米政府閉鎖、長引くほど経済への波及は必至に」、フィナンシャルタイムズ、2019年1月18日
(注2)"Trump Team Split on Border-Wall Strategy", Wall Street Journal, January 19, 2019

執筆者情報

  • 木内登英

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部
    エグゼクティブ・エコノミスト

    金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト

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