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米中貿易協議に瓦解リスクが浮上

2019/05/07

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トランプ大統領が対中追加関税率引き上げを示唆

トランプ米大統領は5月5日、ツイッターの投稿で、2,000億ドル相当の中国からの輸入品に対する関税率を、現行の10%から25%へと10日に引き上げる、と中国側に警告した。中国は劉鶴副首相が交渉団を率いて訪米し、8日からワシントンで閣僚級の貿易協議を開く予定だったが、中国政府はその中止を検討しているとも報じられている。合意に近いとされていた米中貿易協議の先行きに、俄かに暗雲が立ち込めてきた。

直前まで、「米中貿易協議は10日に合意も」と、米国メディアは繰り返し報じており、また、3日にトランプ大統領は、「交渉は非常に順調」としていただけに、今回の対応は非常に驚かされるものだ。トランプ大統領は具体的な説明をしていないが、ツイッターでは、「中国との貿易協議は続いているが、(進展が)遅すぎる」と述べている。8日からの米中閣僚級協議の前に脅しをかけることで、一気に合意を成立させることを目指したものとみられるが、中国側が米国側の姿勢に不信感を強め、協議の場につくことを拒めば、合意は逆に遠のいてしまう。トランプ大統領の今回の戦略は、裏目に出る可能性が高いのではないか。また、閣僚以下のレベルで今まで築き上げてきた協議の成果を、台無しにしてしまう可能性もあるだろう。

ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表は6日、関税率を10日に10%から25%へ引き上げる計画だと語る一方、中国側との閣僚級の貿易協議は予定通りと説明しているが、その真偽は不明だ。トランプ大統領の今回の措置は、対中強硬派であるライトハイザー代表の意見を受け入れたものかもしれない。

高まる中国側の不信感

トランプ大統領は昨年9月にも、「米中協議が進行中は追加関税の引き上げはしない、とする中国政府との約束を一方的に破り、追加関税の導入を決めている。今回も、米中首脳会談で、米国は協議中に対中関税の引き上げをしないことで中国側に約束していた。トランプ大統領が仮に関税率の引上げを実施すれば、再び約束を一方的に破棄することになり、中国側が大きく不信感を強めることは必至だろう。昨年12月以来の米中協議の成果が、一気に失われてしまう可能性もある。

合意が近いとされてきた米中貿易協議の中で、最後まで中国側が強い拘りを持っていたとされるのが、合意後の追加関税の撤廃だ。米国側は、合意内容の順守が確認される中で、段階的に追加関税の撤廃に応じるとする一方、中国側は一気に撤廃することを望んだ。

協議を通じて中国政府が米国側に多くの譲歩をする中で、追加関税が残れば、中国政府は譲歩し過ぎだとして、習近平国家主席に対する批判が中国国内で強まりかねない。こうした中、今回、協議継続中にトランプ政権が関税率引き上げを示唆し、また仮にそれを実施すれば、中国国内で対米批判の世論は高まり、中国政府も態度を硬化せざるを得なくなるのではないか。中国側は、追加関税の脅しのもとで米中協議を行うことはしない、と考えている。

世界経済に再び暗雲か

トランプ大統領が、10日に関税率を10%から25%に引き上げるというのは余りにも唐突であり、それは実現しないことも考えられる。実際、米企業からも強い反発が出ている。しかし、改めて期限を設定し、米企業の準備期間を与えた上で、トランプ政権が関税率引き上げを実施する可能性はあるだろう。

また、トランプ大統領は、すでに追加関税を課した計2,500億ドル以外の中国産品にも25%の関税適用を広げる考えも示唆している。トランプ大統領が、実際に関税率を引き上げ、また新たに追加関税の範囲を拡大すれば、これまでの措置と比べて、米中両国、及び世界経済への打撃は格段に大きくなる。

経済協力開発機構(OECD)の試算によると、現状までの米国の対中追加関税と中国側の報復関税措置は、米国のGDPを0.2%、中国のGDPを0.3%それぞれ引き下げる。しかし、以上のような展開となれば、米国のGDPを合計で1.0%、中国のGDPを合計で1.4%押し下げることになる。両国経済への打撃は、一気に5倍程度へと拡大するのである。世界のGDPも0.8%程度押し下げる計算だ。

米中間で貿易摩擦が続くなかでも、3月雇用統計などの経済指標で米国経済の堅調ぶりは確認されており、また昨年から減速傾向を強めた中国経済にも、3月の指標以降はやや安定化の兆しが見られている。米国経済が堅調を維持していることが、トランプ大統領が今回の措置を決意させるきっかけとなった可能性もあるだろう。

しかし、米中貿易協議が仮に瓦解し、トランプ政権が対中追加関税率の引上げ、新たな追加関税の導入を決めれば、米中両国、及び世界経済の下方リスクは再び高まることになるだろう。それは、トランプ大統領の想定を大きく上回るのではないか。世界の金融市場にとっても、新たな懸念材料がにわかに浮上してきた形だ。

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