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拡大する中国政府の産業補助金

2019/05/29

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補助金制度が経済効率を損ねる面も

米国と中国の間の貿易交渉は、合意目前と言われた矢先に、突如、事実上の決裂を見せた。米国側は、一度受け入れた条件の多くを中国側が白紙に戻した、として中国側を強く非難した。他方で中国政府は、交渉の最終段階で、米国が地方政府の補助金制度を大幅に見直すことを突然要求したことが、合意失敗の直接的な原因になった、と説明している。

中国政府は、地方政府が、景気対策を機動的に実施するための補助金まで強く制限されるのは「内政干渉」である、と強く反発したのだろう。中国の産業補助金改革を巡る両国の意見の相違が、合意失敗の主因の一つとなった可能性は高い。

世界貿易機関(WTO)のルールでは、輸出補助金など自国製品の国際競争力を高めるための補助金は、自由貿易のルールに反するものとして、原則禁じられている。他方、景気対策などの国内経済政策としての補助金については、各国の裁量に任される。しかし、実際には、政府による補助金制度の真の狙いは分かり難いことが多い。そこで、WTOは加盟国に補助金制度の詳細を報告することを義務付けている。中国については、その報告が十分ではなく情報開示に問題があることが長らく指摘され、米国を含め先進諸国から批判を受けていた。

こうした中、中国政府の補助金は急速に増加している。調査会社Windによると、上場国有企業に中国の中央・地方政府が2018年に支払った補助金は、合計で1,538億人民元(223億ドル)に達したという。2017年の水準から約14%増加した。この補助金は、対象となる企業の純利益額3.7兆人民元の約4%に相当する規模だ(注)。

米国のシンクタンクAmerican Transparency によると、2014年から2017年の間に、米国の上位100社が連邦政府から受け取った補助金は、32億ドルだったという。また、地方政府が企業誘致のために実施した優遇税制の規模が、数十億ドルだという。これらに比べると、中国での補助金の規模がいかに大きいかが分かる。

2018年に中国企業で最も多くの補助金を受け取ったのは、石油会社のシノペックで、その規模は75億ドルだ。中国で補助金の主要な対象となるセクターは、インフラ投資関連事業に加わる企業と、R&D関連に関わる企業だ。ただし2018年については、中国景気の減速を受けて、景気対策として支給された補助金が多かった模様だ。

また、補助金が経済の効率性を損ねるケースもある。景気情勢が悪化すると、企業は政府からの補助金を目当てに、その対象となるインフラ投資関連事業などに乗り出す。その結果、無駄な事業が拡大し、設備過剰問題、供給過剰問題などを引き起こすという。これが、世界の市況を悪化させることで、海外からも批判を集めることになる。こうした補助金制度の問題は、中国経済の安定の観点からも是正されるべきだろう。

議論が収斂しにくい補助金問題

このように、補助金制度やその開示を巡って、中国側に改善が求められる余地は小さくないだろう。他方、自由貿易ルールとの関係で考えた場合、どの国の補助金制度にも、あるいは国家支援策にも、不透明な部分があるといえるのではないか。

例えば、2008年のリーマンショック(グローバル金融危機)後には、多くの国で、政府による民間企業の救済策、支援策が講じられた。特に大規模であったのは、先進諸国による金融セクターへの公的資金投入だが、その規模は、英国、ドイツ、フランスではGDPの2~3割にも及んだ。また、2009年には、経営破綻した自動車大手ジェネラル・モーターズ社を米国及びカナダが国有化した。

こうした措置は、過剰な政府の介入と非難されることはあまりない。しかし、こうした救済措置が講じられたことで、他国の金融機関や自動車メーカーなどの競争条件が、その分悪化したことも確かであろう。

また、「米国・綿花補助金事件」という事例も起きている。米国の綿花保護政策が綿花の世界価格を押し下げ、貴重な外貨獲得手段を損ねたとして、ブラジルが申し立てたWTO紛争事例だ。申し立てに基づき、2003年にはパネルが設置された。米国は、さまざまな国内助成、輸出補助金、輸出信用保証により、綿花輸出を保護していたのである。

自由貿易の精神に照らして不透明な補助金制度、あるいは産業政策は、どの国も抱えている問題と言えるだろう。しかも、それは国家主権、国益が深く関わる分野でもある。それがゆえに、補助金制度が米中貿易協議の中心議題となれば、その妥当性を巡る議論はなかなか収束せず、対立が長期化することは避けがたいように思われる。

(注1)"China’s record subsidies add to strain on talks with US", Financial Times, May 28, 2019

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