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中国の対米レアアース輸出規制とWTOルール

2019/06/03

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中国はWTOのルールを順守する姿勢

中国政府は6月1日に、米国からの輸入品600億ドル分への追加関税率を、従来の最大10%から最大25%へと引き上げた。対象となったのは、液化天然ガス(LNG)や食料品、衣料品など5,140品目だ。米国が中国からの輸入品2千億ドル分に対する追加関税率を、5月に10%から20%へと引き上げたことに対する報復措置である。

トランプ政権は、将来的には、中国からの輸入品のほぼ全体に追加関税を課す考えも示している。中国が米国から輸入する規模は、米国が中国から輸入する規模の4分の1程度であるため、中国は米国と同規模の輸入額を追加関税の対象にすることはできない。そこで、2国間で追加関税の応酬となれば、米国よりも中国が受ける経済的打撃の方が大きく、そのため米国は貿易戦争に負けない、とトランプ大統領は考えている。

実際には、中国国内の米企業への規制強化、中国人の渡米制限、人民元の対ドルレート切り下げ、米国国債売却、など、中国側には他にも対抗策がある。また、中国政府が追加関税率を米国に合わせて25%とせずに、それ以上の水準にまで引き上げれば、米国経済により大きな打撃を与えることはできる。

中国政府がそうした対応をしないのは、世界貿易機関(WTO)のルールに従うことで、中国は自由貿易の精神を尊重し、自由貿易推進のリーダーであることを、国際社会にアピールする狙いがある。WTOのルールでは、相手国の不当な関税措置に対しては、同額、同率までの報復関税の適用が認められているのである。

レアアース輸出規制はWTOのルールに反しないか

一方で中国政府は、米国に対する対抗措置として、レアアース(希土)の輸出を規制する考えを示している。これについては、WTOのルールに反しないのだろうか?

中国は、過去にレアアースの輸出規制で苦い経験をしている。2010年9月に尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件などをきっかけに日中関係が悪化した際、中国政府は日本に対する制裁措置として、レアアースの対日輸出を規制したのである。

しかし、数年後には、日米欧が共同で提訴した中国を調査したWTOが、中国のレアアース輸出規制をルール違反と最終判断を下した。それもきっかけとなり、中国政府は、2015年に対日レアアースの輸出枠と輸出品への課税を撤廃することを強いられた。

しかし、WTOのルール違反となること、あるいはWTOの紛争パネルに提訴され敗訴することを、中国は、今回は心配していないだろう。

第1に、日本に対するレアアース輸出規制の場合とは異なり、今回は、米国による不当な追加関税措置に対する正当な報復措置、と位置付けられる、と中国側は考えるためだ。

第2に、仮に中国が米国向けのレアアース輸出を規制しても、米国がWTOに提訴する可能性は低いだろう。トランプ政権は、WTOの機能を強く否定しており、WTOから米国が脱退する可能性を示唆している。実際にそうしないのは、議会での承認が得られそうにないからに過ぎない。WTOに否定的なトランプ政権が、米中貿易戦争を巡って、WTOにその正当性の判断を委ねるとは考えにくいところだ。

トランプ政権がWTOの紛争処理機能を大きく損ねている

第3に、仮に米国あるいはその他の国が、中国の米国向けレアアース輸出規制をWTOに提訴しても、その判断が示されるまでには相当な時間を要する。そのため、中国が敗訴の可能性を心配する必要は当分のところはない。

WTOの紛争処理に相当な時間がかかるようになったのは、米国のせいだ。2018年に米国は、安全保障上の懸念があるとして、鉄鋼・アルミの輸入に対する追加関税を課した。これを受けて、多くの国は米国のこの措置をWTOに提訴したのである。そのため、紛争処理のスピードが著しく落ちてしまった。

WTOの紛争処理は、小委員会(パネル)と上級委員会の二審制だ。WTO事務局は一審で決着した場合で1年、最終審にまでもつれても1年3か月を所要期間の目安にしているが、この目標は既に形骸化してしまった。提訴が多すぎて、処理が追い付かないのである。

特に、上級委員会はほぼ機能不全寸前の状態に陥っている。それも、米国に責任がある。常任の委員7人のうち4人が欠員で、現在は審理に最低限必要な3人しかいない。それは、WTOに否定的な米国が、委員の任命や再任を拒否しているためだ。

このように、中国は、WTOでの敗訴を恐れて、中国の米国向けレアアース輸出規制の実施を躊躇うことはないだろう。

レアアース輸出規制は中国経済にも打撃

しかし、かつての対日レアアース輸出規制の例では、日本企業が技術革新による脱レアアースを進めたことや、オーストラリアなど他国からの調達にシフトしたことで、レアアース価格はやがて下落し、最終的には、中国企業が大きな打撃を受けた。この経験を踏まえれば、中国は米国向けレアアース輸出規制に簡単には踏み切れないのではないか。

規制導入直後は、世界的にレアアースの価格は上昇し、中国企業に利益をもたらすだろうが、米企業の対応が進むことや他国でのレアアース採掘を促すことなどで、程なくしてレアアースの価格は下落に転じるだろう。価格下落は、日本や米国を含むレアアースの輸入国の経済に追い風となる一方、輸出国に中国には逆風となる。米国企業が短期間で脱レアアースを進めれば、中国としては対米交渉での切り札としてレアアースを使うことはできなくなるのである。

米国防総省は5月29日に、軍用品や電子部品などのハイテク製品に使われるレアアースの中国依存を減らすことを唱える報告書を議会に説明したと明らかにした。レアアースの輸出規制は、米国にとっては寝耳に水の事態ではなく、十分に予想されたことなのだろう。

中国が、米国向けレアアース輸出規制に簡単には踏み切れないのは、WTOでの敗訴が怖いのではなく、こうした事情からである。

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