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リブラを銀行制度に取り込んでいくという選択肢

2019/07/25

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リブラは十分な規制の議論を経たうえで発行を認めるべき

フェイスブックが発行を計画する新たなデジタル通貨・リブラについて、世界の金融当局は強い危機感を抱いている。その発行は、既存の銀行制度に大きな変更を迫り、中央銀行の金融政策の有効性を低下させ、また、マネーロンダリング(資金洗浄)の温床になりかねない等のためだ。

G7(主要7か国)の中央銀行からなる作業部会は、リブラに対する規制策などを議論しており、10月に報告書をまとめる見込みだ。その際に、リブラ発行の是非や規制のあり方などが、再び大きく注目されるだろう。しかし、この時点で規制当局側の対応準備が完了するとは考えにくい。リブラは2020年前半に発行予定とされていたが、金融当局の規制方針が固まり、リブラ発行のゴーサインがでるまでにはかなり時間を要しよう。2020年内のリブラの発行は難しいかもしれない。

銀行サービスにアクセスできなかった新興国の低所得者なども、スマートフォンを用いて、低コストで送金などの金融サービスを利用できるようになる、という金融包摂(ファイナンシャル・エクスクルージョン)への対応というリブラの社会的な意義を、フェイスブックは強調している。これは、フェイスブックが自らの新事業を認めさせるためのレトリック、という要素はあるかもしれないが、実際、そうした重要な意義を否定することはできない。

また、民間企業が生み出す様々なイノベーションを積極的に金融業に取り入れていくことで、利用者の利便性を高めていくことは、金融当局の重要な務めでもある。こうした点に照らすと、世界の金融当局がリブラ構想を捻り潰すことはすべきではないし、また実際にしないだろう。また、仮にリブラを捻り潰したとしても、第2のリブラは出てくる。また、フェイスブックが暗に指摘するように、将来的には、中国のアリペイ、ウィーチャットペイが世界を席巻する可能性も考えられる。

デジタル通貨の安全性確保も中央銀行の使命

金融当局は、リブラのように支払い手段としてグローバルに広がる潜在力がある民間デジタル通貨への規制の体制を、この機会にじっくりと時間を掛けて形作ることが重要だ。その際には、いわば性悪説に立って、プラットフォーマーが主導するデジタル通貨がもたらしうる様々な問題を洗い出すことが必要だろう。

実際、リブラが発行され、支払い手段として広く使われるようになった場合、金融当局にとっての次なる重要な役割は、リブラの安全性を確保して、利用者が安心して支払い手段として利用できるような環境を整えることである。決済システムの安定維持は、中央銀行の重要な使命の一つである。

中央銀行が発行する現金や中銀デジタル通貨とは異なり、民間デジタル通貨の場合には、それを発行する企業が破綻する、あるいは、民間デジタル通貨と換金できる十分な準備金を保有していない場合には、デジタル通貨の価値が実質的に低下し、無価値になってしまう可能性もある。その際には、人々はデジタル通貨を安心して使うことができなくなってしまい、社会インフラとしての決済システムは揺らぐことになる。

こうした事態を避けるために、デジタル通貨の発行企業には、十分な資本を義務付け、また、準備金が目減りしないように安全資産での運用を義務付けることが有効となる。リブラの場合には、リブラ協会がリブラを発行すると、それと同額分だけリブラ・リザーブが増える仕組みだ。リブラ・リザーブを構成するのは、主要通貨の銀行預金、短期国債等の安全資産である。ところが、預金先の銀行が破綻すれば、リザーブは目減りしてしまうという問題は残る。

中銀当座預金の保有を認めることも選択肢に

デジタル通貨の安全性を高める措置として、デジタル通貨の発行企業に中銀当座預金を持つことを認めることが、将来的には中央銀行にとっての選択肢になるのではないか。中銀当座預金は最も安全な金融資産であることから、デジタル通貨の安全性、信頼性は高まる。さらに、デジタル通貨の発行企業が経営不振に陥っても、銀行救済と同様に、中央銀行は企業に流動性を供給してその中銀当座預金を増加させることで破綻を回避することができる。

それと引き換えに、中央銀行はデジタル通貨の発行企業の活動を監視できるのである。あるいは、健全な経営を促す指導をすることも可能となる。その場合、リブラなどの民間デジタル通貨は、社会インフラとして当局のお墨付きをもらい、より公的なステータスを手に入れることになる。各国の金融法制度が異なることが、各国でリブラを受け入れていく際の大きな障害となり得るが、中銀当座預金の保有をリブラの運営を担うリブラ協会に認めれば、こうした法律上の問題を軽減し、より迅速にリブラの利用が各国で可能となるのではないか。

そうしたデジタル通貨は、純粋な民間デジタル通貨と中央銀行が発行する中銀デジタル通貨との中間形態となろう。中央銀行が自ら中銀デジタル通貨を発行することによって、リブラなど民間デジタル通貨が生じさせる様々なリスクを減らすことは可能である。しかし、その場合には、民業圧迫となり、また、民間のイノベーションを十分に活用できなくなる恐れがある。こうした点に照らしても、中銀当座預金の保有を民間デジタル通貨の発行企業に認めることは、検討に値する選択肢だ。

実際、プラットフォーマーが小口決済システムを席巻している中国では、アリペイ、ウィーチャットペイに中銀当座預金を保有させている。リブラに対する規制を検討する際には、先行する中国の政策に学ぶ必要もあるのではないか。

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