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力づくでイールドカーブの正常化を図る日銀

2019/10/02

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長期・超長期国債の買入れ減額の方向を明示

日本銀行が、イールドカーブの正常化(スティープ化)を進める姿勢が、一段と明確になってきた。9月30日に日本銀行が公表した10月の長期国債買入れ方針において、長期、超長期ゾーンで思い切った減額の方向性が示された。日本銀行は市場に強いメッセージを送ったのである。

オペの回数については9月から変わりはないが、「3年超5年以下」、「5年超10年以下」、「10年超25年以下」、「25年超」各ゾーンの1回当たりオファー金額については、いずれもレンジの上限と下限が500億円ずつ減額された。もともと100億円であった「25年超」ゾーンのレンジの下限はゼロとなり、市場を驚かせた。

もう一点注目されたのは、買入れ頻度について、「必要に応じて回数を増やすことがある」との記述を、「必要に応じて回数を変更することがある」と変更したことだ。予告なしに突然オペの回数を減らす可能性もあるということだが、その意味するところは実は大きい。

かつて日本銀行は、市場が完全に織り込んでいた長期国債オペの実施を見送ったことで利回りが急騰し、市場から強い批判を浴びたことがあった。これを受けて、2017年3月以降、オペの予定日程をあらかじめ公表するとともに、予定にないオペを実施すること、つまり市場にとっては予想外の国債買入れが実施されることはあっても、予定していたオペをキャンセルし、市場が予想していた国債買入れが突然実施されなくなることはない、という意味でこうした説明がなされてきたという経緯がある。

この文言が修正された背景には、もはや、予定しているオペを突然キャンセルしても市場が混乱するリスクはない、という日本銀行の判断がある。そして、日本銀行の関心が、利回り上昇の抑制から利回り低下の回避、あるいは利回り上昇の誘導へと移っていることを意味しよう。実際、この文言の変更には、オペのキャンセルの可能性をちらつかせることで市場の警戒感を煽り、利回りの上昇を促す狙いがあるのではないか。

イールドカーブ・コントロールの信頼回復を狙う

9月19日の決定会合後の記者会見で黒田総裁は、「イールドカーブはもう少し立った方が好ましいと思っている」と明言した。そうした考えを迅速に具体化するかのように、日本銀行は、翌日9月20日の国債買い入れオペにおいて、予定する残存期間別ゾーン3つのすべてで、購入額を前回から減らした。また、9月26日のオペでは、「5~10年」ゾーンの国債購入額を2回連続で減額したのである。

このように、日本銀行はやや強引とも思えるやり方で、長期、超長期ゾーンの利回りを押し上げ、イールドカーブの正常化(スティープ化)を進める姿勢を見せている。そのきっかけとなったのは、円高リスクの後退ではないか。

海外での長期国債利回りの低下に影響され、9月初めにかけて、日本でも長期国債の利回りが大幅に低下し、日本銀行が目標とする10年利回りが許容変動レンジの下限を大幅に下回る局面に至った。それでも、日本銀行は長期、超長期ゾーンの国債買入れの大幅減額を控えていた。それを行えば、円高圧力を高めてしまうおそれがあったためだ。

しかしその後は、海外の長期国債利回りの上昇の影響を受けて、日本の10年国債利回りも上昇し、現在では許容変動レンジ内に収まっている。こうした中での日本銀行のオペ減額は、いわば利回りの押し上げ介入的なものである。

また、9月の米連邦準備制度理事会(FOMC)を受けて、先行き米国の利下げペースが低下する可能性が意識されたことで、円高ドル安進行のリスクが低下したと言える。

まさにそのタイミングを逃さないように、日本銀行はイールドカーブの正常化(スティープ化)を進めているのである。10年国債利回りが許容変動レンジを大幅に下回ることで揺らいでしまった、イールドカーブ・コントロールという枠組みの立て直し、信頼回復という狙いがあるのだろう。

マイナス金利深掘りの地均しという狙いも

他方、イールドカーブ正常化(スティープ化)のもう一つの狙いとして考えられるのは、マイナス金利深掘り後の適切なイールドカーブ作りではないか。

大企業製造業の景況感が事前予想を上回った10月1日の短観(9月調査)の結果等も踏まえると、日本銀行は追加緩和を実施せずに、しばらくは様子見姿勢を維持できる時間的猶予がある状況だ。しかしながら、円高進行など環境が急変すれば、追加緩和の実施を余儀なくされる可能性もある。その際に採用される可能性が高いのは、現行-0.1%の政策金利を-0.2%へと引き下げる、いわゆるマイナス金利の深掘りである。

しかし、この措置によって、銀行の利鞘は一段と縮小し、その収益の悪化が金融仲介機能の低下をもたらす、という副作用が生じる。そのリスクを減らすために、あらかじめオペを通じて中長期ゾーンの利回りを押し上げておく、あるいは、それを望んでいるという日本銀行の姿勢を強くアピールしておくのである。その上で、短期金利を引き下げれば、むしろイールドカーブの正常化、フラット化をより前進させることも可能になる、と日本銀行は考えているのではないか。

現在のところ、短期から2年~6年といった国債中期ゾーンは逆イールドとなっている。地域銀行の平均貸出期間や保有国債の平均残存期間は3年~5年といった中期ゾーンである。短期金融市場で多くの資金調達をする銀行にとって、短期とこの中期の利回りが逆転した逆イールドの状態では、収益が圧迫されやすい。

ところが、政策金利を-0.1%引き下げても、中期ゾーンの国債利回りが、それよりも小幅な低下に留まれば、短期と中期の逆イールドは縮小し、銀行の収益環境を一部改善させる効果も生じる。これはイールドカーブの正常化(スティープ化)に他ならない。そうなれば、マイナス金利深掘りによる銀行収益への悪影響が軽減される、と日本銀行は説明し、金融機関からの批判をかわすことが可能となるかもしれない。

もちろん、日本銀行の思惑通りとなる可能性が高いとは思えない。日本銀行のオペを通じた国債利回りのコントロール力は、決して高いものではないからだ。

このように、足もとで日本銀行が力づくでイールドカーブの正常化(スティープ化)を進める背景には、揺らいでしまったイールドカーブ・コントロールの信頼回復と、マイナス金利深掘りの地均し、という大きく2つの狙いがあると考えられる。それは、いわば両面作戦と言えるのではないか。

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