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全世代型社会保障と在職老齢年金の見直し

2019/10/09

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全世代型社会保障とは何か

安倍政権が総仕上げと位置付ける、社会保障制度改革の議論がいよいよ本格化してきた。政府は2020年初めの通常国会に年金・介護制度改革の法案を提出することを目指しており、その具体策が次第に固まりつつある。政府は「全世代型社会保障検討会議」を新たに創設し、9月20日にその初会合が開かれた。法案策定に向けた具体的な議論は、政府・官庁主導で進められている。

ところで、全世代型社会保障制度というのは、現政権の社会保障政策のいわば看板となっている。元々は、これは民主党政権時代に野党だった自民、公明両党が「社会保障と税の一体改革」で打ち出した概念だ。

10月から導入された幼児教育の無償化はこうした考えを実現するものだ。この政策は、退職世代だけでなく現役世代にも広く社会保障制度の恩恵が及ぶことを目指している。

全世代型社会保障の考え方の背景には、海外と比較すると、日本の社会保障制度における給付が退職世代により厚くなっていると意識されたことがあるのかもしれない。しかし、それ以上に、社会保障制度を巡る現役世代の不満を緩和するために打ち出された考え方、という側面が強いだろう。

しかし、年金制度、介護制度などはそもそも退職で所得基盤を失った高齢者に資金を給付し、生活の安定を図るように設計されたものだ。もちろん社会保障制度にはその他にも失業保険、子育て支援、生活保護など多種あるが、高齢化進展の下、現在最も改革が必要となっているのは、そうした制度である。

全世代型はバラマキにつながる惧れ

確かにそれらでは、世代間の給付に大きな格差が生じるが、それはそもそもそういう制度であるからだ。現役世代が保険料などで制度を支え、主に退職世代が受給すること自体に不満を感じる者はないだろう。自身が退職世代となれば、受給するようになるからだ。

社会保障制度を巡って現役世代、特に若年層が感じる不公平感とは、給付ではなく主に負担に関するものではないか。退職世代を支えるために現役世代は大きな負担がかかる一方、自らが退職世代となった際に、現在の退職世代よりも給付水準が低い、といった不公平感だ。

ところが、全世代型社会保障制度というと、負担の公正性を取り戻すというよりも、現役世代にも給付をどんどん拡大させていく、というニュアンスがあり、バラマキ的な政策につながる可能性を感じさせる。これは、本来の社会保障制度の改革の方向とは異なるものではないか。所得水準に配慮しつつ、あるいは退職時期の延長を図りつつ、給付の削減を進めていく以外に有効な改革はないだろう。

さらなる消費増税を封印

10月1日に消費税率が引き上げられた。安倍首相は、自らの任期中にさらなる消費増税を実施する考えがないことを明言している。さらに、向こう10年間程度は、消費増税は必要でない、との見通しまで示している。こうした発言には、更なる消費増税が政権に対する国民の支持を低下させ、次の衆院選に打撃となる可能性を意識した面があるのだろう。

それに加えて、プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化目標は未達であるとはいえ、現政権下で赤字額は縮小傾向を辿っていることが、追加的な増税の必要性は低下している、との判断につながっているのかもしれない。

しかし、それは誤解に基づいている面があると思われる。プライマリーバランスの赤字幅縮小は、現在の長期政権と重なる世界規模での歴史的長期景気回復という強い追い風によって実現されたものである。ひとたび、世界経済が後退局面入りすれば、日本でも税収が大幅に落ち込むことは避けられない。さらに、そうした際には財政出動を伴う景気対策がとられやすい。その結果、歳入、歳出の両面から財政環境は一気に悪化して、プライマリーバランスの赤字幅は急増し、現政権下での改善幅の相当部分を失うことになるのではないか。

いずれにせよ、増税策を封じ込めたことで、今後の社会保障制度改革の議論は給付の見直しに集中する形となる。

既に揃っている改革メニュー

医療制度改革も含め、今後の社会保障制度改革の案は、以下のようなものとなることが見込まれている。

  • 希望する高齢者が70歳まで働ける環境を整え、現役世代と退職世代との人数バランスを改善させる
  • 一定の収入がある高齢者の年金を減らす「在職老齢年金」制度を廃止あるいは縮小する
  • パート労働者らが厚生年金に加入できる企業規模要件を、現状の従業員501人以上から引き下げる
  • 75歳以上の後期高齢者の医療費の自己負担を、現行の1割から2割に引き上げる。また、受診時の定額負担を上乗せする
  • 予防医療を推進する
  • 医師偏在対策や疾病予防を促すために交付金制度を見直す
  • 介護保険で、自己負担の上限を現行の4万4,400円から引き上げ、所得が高い世帯ほど自己負担額を増やす。また、サービス利用者の負担を今の原則1割から2割に上げる

このように、改革案については、社会保障受給者に負担を求めるものが中心となる。しかし、これら改革案は、いずれも既に政府が取り組み、また検討することが確認された方針ばかりである。また、実現できずに先送りされてきたものもある。これ以外の新しい改革案が今回議論されることはおそらくないのだろう。

そして、こうした改革案がどの程度、2020年初めの通常国会に提出される年金・介護制度改革法案、2021年の通常国会に提出される医療制度改革法案に盛り込まれるかは、まさに政治判断となる。

在職老齢年金制度見直しへ

こうした改革案の議論の中で、真っ先に方向性が見えてきているのは、働いて一定以上の収入がある人の年金を減らす「在職老齢年金制度」の見直しだ。厚生労働省は10月7日、在職老齢年金制度を見直す方針を固めた、と報じられた。65歳以上の人について現在、賃金と年金を合わせた月収が47万円を上回ると年金は減らされるが、これを62万円にまで引き上げる案を軸に調整されている。

この在職老齢年金制度は高齢者の就業意欲をそぐという指摘が以前より出されており、廃止の可能性も含めて見直しが検討されてきた。先般の骨太の方針でも、「制度の廃止も展望しつつ」とされていた。しかし廃止すれば、年金支給額が大幅に増え、年金財政への悪影響が大きいため、当面は見送る方向となったのである。

高齢者の就業を促すことは、経済の潜在力を高めるためには重要である。また、年金財政の再建には、退職年齢を延長し、現役世代と退職世代との比率を変えていくことが重要となる。

しかし、この在職老齢年金制度の見直しは、年金支給額を逆に増加させ、将来世代の給付水準の低下につながるものだ。高額所得を得ている高齢者の年金給付額が、むしろ増額される見直しをすることについて、現役世代の理解は得られるのだろうか。また、この制度の下では、厚生年金に加入する高所得者は年金が削減されるが、自営業あるいは株式投資などで巨額の収入を得ても年金は削減されない、という不公平性もある。

労働市場との一体改革の重要性

さらに、現行制度の下でも、年金の減額措置がなされる賃金と年金を合わせた月収が47万円を境に高齢者が勤労を控えるといった動きは、明確に見られない。見直しによって、高齢者の就業が促されるとの明確な見通しもないだろう。見直しを受けた年金給付の増額が、企業による賃金の削減によって調整されてしまい、結果的に年金と賃金の総額に変化はなく、高齢者の就業意欲は変わらない可能性もある。

年金制度改革は、退職年齢の引き上げと給付額の抑制の組み合わせが柱となるべきだが、その実現には、企業に70歳までの雇用を義務付けることや、年金給付開始を70歳に延長するなど、労働市場改革と一体化した抜本的な制度の見直しが必要となろう。在職老齢年金制度見直しも含めた現在の改革議論は、こうした抜本的な改革には、まだかなりの距離があると言わざるを得ない。

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