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香港人権法案成立でも米中貿易協議は部分合意へ

2019/12/02

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香港人権法案成立も中国は報復措置に慎重

トランプ大統領は11月27日、圧倒的な多数で上下両院で可決された「香港人権法案」に署名した。トランプ大統領は、この法案の署名には慎重であったはずだ。それは、署名が中国政府の強い反発を招き、現在交渉を続けている米中貿易協議の部分合意(第1段階合意)の失敗につながりかねないためだ。トランプ大統領は、部分合意によって中国向け農産物の輸出拡大を実現させ、農家に対して政治成果を強くアピールする選挙戦略を進めている。

しかし、仮に大統領拒否権を発動しても同法案は議会で再び可決され成立する可能性が高いうえ、仮に署名をしない場合には、トランプ大統領が国民からの強い批判を浴び、支持率を下げてしまう可能性もあった。さらに、与党共和党議員の反発を招き、ウクライナ疑惑で大統領が弾劾される可能性も生じ得ることから、トランプ大統領は仕方なく今回の決定を決めたと見られる。

トランプ大統領は、署名の際の声明で、「習国家主席 、中国、香港市民への敬意を持って同法に署名する」としており、中国側に配慮を見せている。

他方で中国政府は、香港人権法案が成立した場合には、報復措置を実施する考えを以前から示していた。法案署名後に中国外務省はその声明文で、「これは香港に対する重大な介入であり、中国の内政に対する重大な干渉であり、国際法と国際関係の基本準則に対する重大な違反であり、あからさまな覇権行為である。中国政府と人民は断固反対する」と強い調子で米国を批判している。

しかし現在のところ、中国政府は報復措置を打ち出していない。過去に米国が対中追加関税を実施した際には、中国は即座に報復措置を打ち出してきたこととは明らかに異なる対応だ。中国政府としても、香港問題で米国からの干渉を受けることは不満であるものの、経済の下方リスク軽減につながる米中貿易協議の部分合意(第1段階の合意)は是非とも実現したいと考えているのだろう。

部分合意成立の流れは続く

さらに、中国政府は本格的な報復措置実施の条件を、香港人権法案の成立から、トランプ大統領が実際に同法に盛り込まれた措置を実行に移すことへとシフトしているように見える。米国は香港の一国二制度を前提に、ビザの発給や関税などで、香港を中国本土よりも優遇しているが、同法は、一国二制度の履行状況を踏まえた上で、この優遇措置を継続するかどうか毎年検討するよう国務省に求める。同法では、香港で人権を侵害した人物に対して、渡米制限などの制裁措置を講じる広範な権限も大統領に与えている。

米中貿易協議の部分合意の実現を目指すトランプ大統領は、同法に基づく制裁措置などを実施することに慎重だろう。その場合、中国側も本格的な報復措置は実施しないだろう。勿論、今後の香港情勢次第、即ち反政府デモ活動に対して軍事力が行使されるような事態となった場合には、トランプ大統領は同法に基づく制裁措置を打ち出さざるを得なくなり、それが中国側の本格的な報復措置を招くとともに、米中貿易協議の部分合意が見送られてしまう事態となる可能性もある。1日にも大規模な民主化デモが再開されており、香港の情勢は依然不透明である。

しかし部分合意失敗の可能性は必ずしも高くなく、年明けにずれ込むとしても、部分合意は成立する可能性が比較的高いと見ておきたい。

部分合意後は米大統領選挙後まで米中は休戦状態へ

また、12月15日には米国側は対中制裁第4弾の1,600億ドル分の発動を予定しているが、部分合意に向けた前向きな交渉が続いていることを理由に、トランプ政権は発動を見送るのではないか。大統領選挙の選挙戦略の一環として、米中貿易協議の部分合意を何としても実現したいというトランプ大統領の意思が、合意実現に向けた最大の原動力となろう。

年内、あるいは年明け後に部分合意、第1段階の合意が成立した場合、第2段階の合意に向けた交渉が米中間ですぐに始まることはないだろう。中国政府が決して譲れないと考える中国の「国家資本主義」の修正を含む内容で第2段階の合意に向けた交渉を始めれば、両国間の軋轢は再び高まり、トランプ政権にとっては失策とみなされてしまうためだ。さらに、トランプ大統領が選挙で敗れる可能性を見据えた場合、中国政府が選挙前にこれ以上貿易協議で大きく譲歩することもないだろう。

その結果、部分合意成立後は、米中貿易対立は米大統領選挙が終わるまで休戦状態に入ることが予想される。これは世界経済の下振れリスクを軽減するとともに、金融市場にも好材料となるだろう。

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