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中銀デジタル通貨発行の是非を巡る議論が活発に

2019/12/09

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デジタル人民元発行は秒読み段階へ

フェイスブックが主導するグローバルデジタル通貨「リブラ」計画は、現在足踏み状態にある。しかし、この計画発表をきっかけに、各国でリブラに対抗するための中銀(法定)デジタル通貨発行の是非が、活発に議論され始めている。ここには、民間企業が発行するグローバルデジタル通貨への対抗という狙いのみならず、ドルの勢力拡大への対応という側面がある。その価値の半分がドルで決まるリブラはいわばデジタル・ドルであり、その勢力拡大は、人民元の国際化を目指す中国やドル一極集中の弊害を強く意識する欧州諸国にとって、看過できないことなのだ。

「リブラ」に対抗し、中国が中銀デジタル通貨、いわゆるデジタル人民元を発行することが、秒読み段階に入ってきた。

中国の中央銀行である中国人民銀行は、2014年から中銀デジタル通貨の研究に着手している。当初は偽造紙幣、避税・脱税、マネーローンダリング(資金洗浄)など、犯罪対策を主目的にしていたとみられるが、リブラ計画の発行以降は、リブラへの対抗、あるいは人民元の国際化推進を狙って中銀デジタル通貨、いわゆるデジタル人民元の発行計画を前倒ししている。

全国人民代表大会(全人代)は、暗号資産(仮想通貨)の発行に向けた準備となる、暗号資産(仮想通貨)に関する新法を10月26日に可決した。新法は、「暗号資産ビジネスの発展を支え、サイバー空間と情報の安全性を確保する」のが狙いとされ、その発効は来年1月1日となる。この新法の制定には、デジタル人民元発行の環境を整える狙いがあるものと考えられる。この点から、デジタル人民元が来年年初から発行される可能性もあるだろう。

欧州も中銀デジタル通貨の発行を検討

欧州連合(EU)は12月5日に、価値を安定させた「ステーブルコイン」の利点を評価するとともに、欧州中央銀行(ECB)や他の欧州の中銀に対して、法定デジタル通貨の創設を検討するよう提言した。

他方で、仮想通貨に対するEU共通の対応策の策定も呼びかけている。その中には、「リスクが高過ぎると判断されたプロジェクトの禁止」も含まれている。

この提言が、新デジタル通貨リブラを狙ったものであることは明らかだ。民間デジタル通貨によって生じうる諸問題を克服するために、中央銀行が自らデジタル通貨を発行することで、民間デジタル通貨の利用の広がりを抑える狙いがある。さらに、リブラ計画の禁止も視野に入れている。

ドイツの銀行協会が中銀デジタルユーロの創設に前向きな見解を述べ、またルメール仏経済・財務相が長期的には中銀デジタル通貨が必要と発言するなど、欧州地域での中銀デジタル通貨の発行に前向きな意見が増えてきている。

一方、以前から中銀デジタル通貨の発行を準備してきたスウェーデンの中央銀行リクスバンクは、デジタル通貨「eクローナ」を2021年にも発行する計画だ。しかしその狙いはリブラへの対抗ではなく、国内で現金が急速に使われなくなる中で、銀行口座を持たない人に支払い手段を確保するための、いわば金融包摂促進である。

FRBと米財務省は中銀デジタル通貨不要で一致

他方、中銀デジタル通貨発行に関して、米国と日本では慎重姿勢が際立っている。

ムニューシン米財務長官は、12月5日の議会証言で、「今後5年間に米国が中銀デジタル通貨を発行する必要はないとの認識で、米連邦準備制度理事会(FRB)と一致している」と発言している。

一方、FRBのパウエル議長は、11月19日付けの下院議員に対する書簡の中で、FRBはデジタル通貨の開発は進めていない、と説明している。パウエル議長は、中銀デジタル通貨のメリットを見極めるために、他の中央銀行の活動を注視しているとした上で、米国では、中銀デジタル通貨を急いで発行する必要性がないとの考えを示している。

その理由として挙げているのが、第1に、米国では国民が現金の利用を好む傾向が強く、北欧のように現金が急速に減少しているなどといった事態が生じていない、ということだ。そして第2が、米国では決済制度への信頼は高いということだ。パウエル議長は、「米国の決済制度は非常に革新的で競争力がある。消費者にはそうしたオプションが豊富にある」と説明している。小口決済の信頼性を高めるために、敢えて中央銀行がデジタル通貨を発行する必要はない、との考えだろう。

米国にとってリブラは痛しかゆし

リブラは主要通貨のバスケットでその価値が決まる設計となっているが、そには人民元は含まれていない。つまり、設計当初から人民元への対抗が意識されているのである。他方、バスケットのなかでドルの比率は半分を占めており、デジタル・ドルの性格が強いものとなっている。こうした設計は、人民元の国際化進展を牽制し、ドルの一段の覇権拡大を狙う米国当局からリブラへの支持を得ることを狙った、フェイスブックの巧妙な戦略を反映しているのだろう。

実際のところ、2019年10月に下院金融サービス委員会で証言を行ったフェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEO(最高経営責任者)は、「中国は、一帯一路構想の一部となるデジタル人民元計画を、アジアやアフリカで影響力拡大に使おうとしている」と指摘し、リブラがデジタル人民元の拡大を防ぐ存在になるとの考えをアピールしている。

米国当局にとってリブラは、新興国でのデジタル人民元の利用拡大を抑える役割を果たしてくれる存在である。しかし一方で、金融政策の効果を低下させ、また犯罪に利用される可能性もある厄介な存在でもある。米国にとってリブラは痛しかゆし、といった存在なのだ。

ただし、米国当局が中銀デジタル通貨を発行しない姿勢を崩さないなか、新興国を中心にデジタル人民元の利用がこの先拡大していく場合には、デジタル人民元に対抗するために、米国当局が次第にリブラを認める姿勢に転じる余地が残されているのではないか。

慎重姿勢を崩さない日本銀行

米国当局と同様に、日本銀行も中銀デジタル通貨の発行に慎重な姿勢を堅持している。

日本銀行の黒田総裁は11月に、「必要性が高まった時に的確に対応できるように、調査研究は進めている」としながらも、「いまの時点で円のデジタル通貨を出す計画はない」と国会で発言している。日本では現金需要が強く、北欧諸国のように現金が減少するもとで銀行口座を持たない人を救済するような必要がない、ことなどがそうした考えの背景にあるようだ。

しかし、今まで見てきたように、中銀デジタル通貨発行の狙いは様々である。中国ではリブラへの対抗と自国通貨の勢力拡大、欧州ではリブラへの対抗とドル一極集中がもたらす弊害への対応、スウェーデンでは、銀行口座を持たない人を救済する金融包摂の促進である。これ以外に犯罪対策などもある。

キャッシュレス化が大きく遅れている日本では、信用力の高い中銀デジタル通貨発行を通じて、経済の効率化に貢献するキャッシュレス化を促すことが、中銀デジタル通貨発行の最大の利点となるだろう。

中銀デジタル通貨は各国に事情に即して独自に判断を

ただし、中銀デジタル通貨の発行によって、リブラなど民間デジタル通貨の利用を妨げることになれば、民間のイノベーションの発展を阻害することにもなり、経済発展に損失を与える可能性もある。こうした中銀デジタル通貨発行の功罪を十分に踏まえた上で、中銀デジタル通貨発行の議論を進めていく必要があるだろう。民間のイノベーションの発展を阻害しないという観点からは、中央銀行が強く関与する形で民間主導のデジタル通貨を広く流通させるような半官半民のハイブリッド型の枠組みも、将来の選択肢に入ってくるのではないか。

この議論で、日本銀行は海外、特に米国の動向を見守っている感があるが、中銀デジタル通貨発行を巡る論点は、国それぞれの事情によって大きく異なるのである。この点から、海外での議論を様子見するような姿勢ではなく、日本独自の事情を踏まえ、また、日本の経済の効率化、経済発展、国民の利便性向上などの観点に基づいて、主体的にこの分野での議論を活性化させることが、日本銀行には今求められる。

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