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当初議論からの後退が目立つ年金改革案

2019/12/11

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在職老齢年金制度見直し案は繰り返しの修正を余儀なく

政府は来年の通常国会に年金制度改革法案を提出する予定だが、それに向けた改革案が次第に固まってきた。当初なされていた議論と比べると、総じてより小粒な改革へと押し戻された印象がある。加えて、労働供給の拡大といった労働市場改革と年金制度改革を一体的に進める、という理念も後退した感が否めない。

年金受給を75歳から始めると、月あたりの受給額を最大で84%増やすことができるという仕組みに変えることで、個人の選択の下で年金支給年齢を事実上引き上げていくことが目指されている。実際に個人がどの程度、年金受給の開始時期を先送りするかについては不確実性が高いが、改革の方向としては妥当だろう。

他方、労働供給を促す狙いから議論が始まった在職老齢年金制度の見直しについては、政府は働く年金受給者の60~64歳で、年金減額が始まる基準収入を現行の28万円から、65歳以上と同額の47万円へと引き上げる方向だ。

厚生労働省は当初、65歳以上について制度を撤廃する、つまり働く高齢者が年金を全額受給できるようにすることを目指したが、それは年金財政を悪化させてしまう一方、見直しの最大の狙いであった就業促進効果が確認できないこと、また高所得者優遇との批判が出たため、方針の軌道修正を強いられたのである。減額が始まる基準収入の案を2回にわたって引き上げたが、それでも批判が収まらなかったことから、最終的には基準収入の据え置きに追い込まれた。在職老齢年金制度の見直しは、小粒な見直しに終わりそうだ。

「106万円の壁」が中小企業の人手不足をより深刻にする可能性も

在職老齢年金制度の見直しと並んで、年金改革の目玉であったパート労働者の厚生年金加入の拡大策については、適用対象を中小企業へと段階的に広げていく方向だ。現状では、従業員数501人以上の企業に勤務していることが、パートタイム労働者(労働時間が週40時間よりも短い)の厚生年金加入の要件となる。

この企業規模の要件を、2022年10月に従業員101人以上の企業、2024年10月からは従業員51人以上の企業とする方針だ。厚労省によれば、この措置によって新たに65万人が厚生年金に加入することになる。

政府は、すべての規模の企業で、パートタイム労働者が厚生年金に加入できるようにすることを将来的には目指しているとみられるが、中小企業の保険料負担が高まることに配慮して、段階的に対象を拡大していく。

他方、パートタイム労働者の厚生年金加入の要件の一つである、月収8.8万円、年収106万円以上という、給与基準については、今回は見直さない方向だ。これは、最低賃金が急速に引き上げられる中、基準を見直さなくても、給与基準を満たす労働者は自然に増えていく、との考えに基づいている。

しかし、その結果、保険料の支払いを避けるために就労時間を抑える、いわゆる「106万円の壁」の問題は残ってしまう。最低賃金が急速に引き上げられ、時間当たり賃金が高まって、年収106万円に達するパートタイム労働者が増えていった場合、就労時間を抑える動きが一層強まる可能性も考えられる。

その結果、労働力の供給が減り、経済成長を阻害することもあり得るだろう。日本フードサービス協会などパート比率の高い食品関連の7団体は、人手不足を深刻化させるとして、パートタイム労働者の厚生年金加入の拡大に反対する声明を出している。

社会保障制度と税制の一体改革も

労働市場改革と年金制度改革を一体的に進めるとの当初の理念は、かなり後退してしまった感は否めない。

ところで、「全世代型社会保障」の実現に向けて、自民党の人生100年時代戦略本部は、社会保障の給付は高齢者中心、負担は現役世代中心という従来の構造を見直し、高齢者でも負担能力(所得、資産)に応じて多く負担してもらう、「応能負担」に切り替えていく必要があるとしている。

この主張は正しいだろう。そして、社会保障財政の改善、世代間負担の公平化を進める際には、社会保障制度の見直しだけでは不十分であり、税制改正と組み合わせないと、抜本的な改革にはならないのではないか。「全世代型社会保障」の実現に向けた年金改革、社会保障制度改革も、税制との一体改革という視点がより重要になってこよう。

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