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BOEのカーニー総裁の記者会見-Lower potential growth

2020/01/31

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はじめに

BOEは、今回(1月)のMPCで金融政策の現状維持を決定した。カーニー総裁の年初の講演が市場の一部に利下げ期待を生んでいただけでなく、MPC自身が景気や物価の見通しを引き上げただけに、記者会見ではその整合性を質す向きも少なくなかった。

景気判断と見通し

同時に公表された議事要旨によれば、MPCメンバーの多数派は、貿易摩擦に関する不透明性の低下や海外経済の安定化といった好ましい展開がみられることに加え、Brexitの具体化が特に企業のセンチメント改善に繋がっていると評価した。加えて、今後に政府が決定する財政政策が拡張的になるとの見方を踏まえて、金融政策の現状維持を支持した(7名が賛成)。 これに対し少数派(2名)は、センチメントに関するサーベイ結果は不安定で信認に欠けるほか、海外経済にも下方リスクが残る点を挙げて、利下げの実施が妥当との判断を示した。

こうした議論は、今回(1月)のMPCが景気見通しを下方修正したことでやや分かりにくくなっている。実際、2020~22年の実質GDP成長率見通しは+0.4%→+1.4%→+1.6%とされ、前回(11月)の+0.7%→+1.7%→+1.9%から下方修正された。

BOEのロジックに即して両者を整合的に理解するには、MPCが潜在成長率の推計を引き下げた点に注意する必要があろう。MPCはマクロの供給に関する年次の見直しを行ったが、その結果、見通し期間を通じた潜在成長率が1.1%に過ぎないとの推計を得た。このうち、労働投入の貢献を0.6%、生産性の伸び率を0.5%とした。

質疑応答の中でカーニー総裁は、これまでは労働参加率の顕著な改善によって労働投入が拡大してきたが、そうした状況は持続可能ではないとの見方を示した。また、生産性の停滞については、金融危機の後遺症やBrexitの不透明性に起因する設備投資の低迷や、Brexitに対処するためのコスト負担といった多様な要因が作用しているとの理解を示した。

いずれにせよ、今回(1月)の見通しを巡る金融政策報告(旧インフレ報告)の分析には、供給側の成長率の低下は、需要の成長に対する直接的な"speed limit"になるだけでなく、期待成長率の低下を通じて間接的にも家計や企業の支出を抑制するメカニズムが働くとの見方が示唆されている。

物価の判断と見通し

同じく今回(1月)の議事要旨によれば、MPCメンバーは足元での物価の基調的な弱さを指摘しており、この点に関しては概ね意見が一致していたとみられる。

一方で雇用は引続きタイトであり、しかも生産性の伸びが低い下ではユニットレーバーコストの上昇に直結する。それでもインフレ率が加速しないのは、企業がマージンの圧縮で吸収しているからであるが、今回(1月)のMPCでは、そうした対応の持続可能性について意見が分かれたようだ。

むしろ、雇用と物価の乖離を説明する上で、MPCは労働市場における実質的なslacknessの推計を引き上げる形で対応した。こうした理解は、上に見た労働参加率の改善とは整合的である。また、潜在成長率の推計を引き下げ、下方修正後の経済成長見通しでも需給ギャップが縮小するにも関わらず、インフレ率の加速が抑制されるという見通しとも適合することになる。

実際、2020~22年のCPIインフレ率の新たな見通しは+1.8%→+1.5%→+2.0%とされ、前回(11月)と比べて、2020年は0.1ppの上方修正となった一方、2021~22年は各々0.2ppおよび0.1ppの下方修正になった。因みに同期間のマクロの需給ギャップ(対実質GDP)の見通しは、▲0.5%→0%→+0.5%と、全期間に亘って0.25ppの下方修正がなされている。

記者会見では、MPCが累次にわたって潜在成長率の推計値を引き下げたことへの批判に加えて、カーニー総裁の就任時(2013年)にはインフレ目標の達成が比較的容易との考えを示したのに、実際にはそう簡単でなかった理由を問う質問もみられた。

これに対しカーニー総裁は、実質的なslacknessに対する推計が過大評価であった点を認めたほか、自然利子率も予想外に低かった可能性を指摘した。このため、金融緩和による景気刺激の効果が意図した通りには生じなかった可能性を示唆した訳である。さらに、自然利子率の低下はグローバルな現象であるが、英国の場合は、緊縮的な財政やBrexitに関する不透明性といった固有の要因も作用したとの理解を示した。

フォワードガイダンス

今回(1月)のMPCは、今後の政策運営に関して、英国経済が上記のようなメインシナリオに沿って推移した場合に、幾分か(some modest)の金融引締めが必要になるとの見方を示している。これまでの、限定的だが緩やかな(”limited but gradual”)な利上げが必要との表現を修正した訳である。

両者の相違は微妙ではあるが、おそらくは、これまでの表現では継続的な利上げを想定していたのに対し、新たな表現はそうした調整が単発で終わる可能性も示唆しているのであろう。ただし、どちらの場合でも、結果としてみた政策金利の調整幅は大きくないことが含意されている。

この点に関して厄介なのは、BOEの場合、先に見た景気や物価の見通しの前提として、市場参加者による政策金利の予想パスをそのまま使うことである。しかも、今回は本稿の冒頭で指摘したように、市場はむしろ利下げを予想しており、実際、2020~22年の政策金利が0.6%→0.5%→0.5%と推移するとみていた。

そうでなく、幾分かの利上げを前提とした場合にも、景気や物価の見通しが顕著に変化することは考えにくいが、少なくともフォワードガイダンスの妥当性に関する理解をBOEと市場が共有する上では課題になっているように見える。

もちろん、現在のBOEにとってより重要な技術的課題は、円滑なBrexitを前提にせざるを得ない点である。議事要旨にも触れられているように、EUとの間で直ちに幅広い自由貿易協定が成立しても、関税のチェックは必要になるし、数名の記者が取り上げたように英国の重要産業である金融セクターの扱いに関する不透明性も残る。

その意味では、MPCが期待するように時間の経過とともに不透明性が低下する可能性がある一方、逆の面も生じうる訳である。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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