フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 IMFによる4月の国際金融安定性報告書(GFSR)

IMFによる4月の国際金融安定性報告書(GFSR)

2020/04/16

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

はじめに

IMFは今回の国際金融安定性報告書(GFSR)において、実体経済に先行して金融システムに生じたCovid-19に伴うストレスが、世界金融危機を上回る面もあったにも関わらず、主要国の中央銀行による大胆で機動的な対応と銀行部門の頑健性によって、システミックな波及を免れている点を評価した。

もっとも、世界経済見通し(WEO)のリスクシナリオが示したように、Covid-19の問題が深刻化したり長期化したりする可能性に備えるよう求めるとともに、その場合の政策対応の要点を例示している。GFSRの責任者であるエイドリアン氏には、FRBNYに在職しておられた際に、筆者がマクロプルーデンス政策についてご教示いただいたこともあり、敬意をこめて内容を検討したい。

金融システムと政策対応の特徴

GFSRの第1章の前半は、Covid-19に伴う金融システムに対するストレスの特徴を整理している。このうち先進国の動向については、筆者が事務局を務める新たな「金融市場パネル」の臨時会合(3/24日)の議論と概ね重複するので、本コラムでは割愛する。

ただし、「金融市場パネル」で十分議論できなかった途上国へのストレスについて触れておくと、エイドリアン氏は記者会見の冒頭説明で、資本流出の規模や速さが世界金融危機を遥かに上回る深刻な事態である点を説明するとともに、これまでは主として先進国の投資家による「質への逃避」によるとの理解を示した。

GFSRは、これに対して先進国の中央銀行が適切な対応を取ったとの評価を与えた。エイドリアン氏は一連の政策対応を、①積極的な利下げや大規模な資産買入れ、②多様なファシリティを通じた市場流動性の支持、③米ドルスワップ等によるドル資金の供給、 ④リスク資産の買入れと整理し、これらによって市場心理や市場流動性を安定化させ、資産価格の急落に歯止めをかけたとした。

同様に、先進国の銀行部門が、世界金融危機後の規制の強化やストレステストなどの適切な監督によって、自己資本や流動性の面で顕著に強化されていたことが、今回のような金融システムへのストレスを増幅したり拡散させたりすることを防いだとして、これまでの対応を前向きに評価した。

今後の先進国による政策対応

もちろん、今回のGSFRが今後について楽観的な立場をとった訳ではない。むしろ、WEOが示唆したリスクシナリオと整合的な形で、Covid-19の影響が一層深刻化したり長期化したりする事態を念頭に置くべきことを強調している。

つまりGSFRは、リスクシナリオの下では、先進国の中央銀行による政策対応や銀行部門の頑健性だけでは事態の悪化を食い止めきれないとの見方に立っている。

その理由についてエイドリアン氏は、家計や企業のソルベンシーが問題になるため、単に流動性や金融仲介を維持するだけでは解決に繋がらないとの理解を示した。同様に銀行部門でも、不良債権の増加などによって、相対的に脆弱な国や業態において、収益性やサステナビリティへの懸念が顕在化する恐れを指摘した。

エイドリアン氏は、リスクシナリオの下での先進国の政策対応について、Covid-19の終息に全力を尽くすべきことを確認した上で、第一に、最も深刻な影響を受けている家計や企業に焦点を絞った財政支出を行うことで、経済活動の破綻を防ぐことが重要であるとの考えを強調した。

この間、金融政策については、デフレの防止の観点から緩和的な金融環境の維持に努めるべきとした。また、金融監督については、銀行部門が蓄積した自己資本や流動性を柔軟に活用しうるよう、規制や会計を柔軟に運営すべきとの考えを示した。

このほか、エイドリアン氏はほとんど触れなかったがGSFRが示した処方箋として、銀行部門が家計や企業に対する与信の条件変更に広範に対応しうるよう、資産査定や引当ての面で柔軟な対応をすべきとの提案もなされている。この点に関しては、各国政府が家計や企業のために実施した債務免除や猶予の効果を適切に考慮することも求めている。

同じく記者会見で取り上げられなかったがGFSRが指摘した点は、各種のファンドに対するリスクマネジメントの強化の要請である。「金融市場パネル」で論点となったように、3月後半から4月初に先進国の金融市場の流動性が顕著に悪化し、資産価格の大きな不安定化を招いた要因の一つは、各種のファンドによる資産の換金売りにあった。その背後にはGSFRが指摘するように、ハイイールド債やレバレッジローンの内容の悪化も関連している。

この問題は、先進国の中央銀行が多様なファシリティの提供を通じて「市場機能の最後の担い手」の役割を発揮したことで沈静化に向かった。しかしGFSRは、こうした対応に頼ればよいとの立場ではなく、監督当局に対して、ファンドマネージャーが償還ペースの調整などで柔軟に対応しうるようにすることに加え、ファンドの状況への監視を強化することを求めている。

今後の途上国による政策対応

より難しいのは途上国による政策対応である。

既に前例のない速さや規模となっている資本流出は、単なる「質への逃避」でなく、途上国のファンダメンタルズへの懸念という、より本質的な理由に変化しつつ長期化することも懸念される。 GFSRは、近年のIMF内の議論を映じて資本規制の活用を提案しているが、適切なマクロ政策と一体で行われるべきことや、透明で一時的な対応に止めることも併せて求めている。

一方、エイドリアン氏の記者会見における質疑応答では、SDRの増額も含めて、IMFによる支援に関する質問も示された。エイドリアン氏は、 IMF加盟国のうち約90か国が既に全体として前例のない規模での資金供与を申請している事実を認め、これらに迅速に対応することを優先する考えを示しつつ、既に確保した1兆ドルの財源で十分かどうか検討の余地があることも認めた。

なお、複数の質問者が中国の対応を取り上げたのに対し、エイドリアン氏は、これまでのところ、財政、金融、金融監督の各々の面で機動的な対応を講じたことで、金融環境のタイト化が深刻化しなかった点を評価した。もっとも今後については、先進国に関する提案と同じく、銀行が家計や企業に対する与信の条件変更を柔軟に行いうるようにすることが、経済活動を再建する上で重要になるとの見方を示した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn