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ユーロ圏のBad Bank構想の検討

2020/04/21

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はじめに

欧州メディアによれば、欧州中央銀行(ECB)は欧州委員会に対して、域内銀行の不良資産を買取るための「Bad Bank」の設立を提案した模様である。報道されている内容であれば多くの問題を指摘しうるが、手法自体には有用な面もある。本コラムでは、もとの構想とは違った形での実現の可能性を検討する。

Bad Bank構想

報道によれば、ECBが提案しているのはユーロ圏諸国の銀行が現在抱えている不良債権(NPL)を買取る機関を設置するものであり、ECBの銀行監督理事会(Supervisory Board)の議長であるエンリア氏が、前職の欧州銀行監督局(EBA)の長官在職時から主張していただけに彼の発案ではないかと推察されている。

欧州委員会は強い難色を示しているとされ、最も大きな理由として、域内で公的資金による銀行支援を行う場合には、民間株主は言うまでもなく民間債権者も一定の負担を負うべき(bail in)との原則に反する点を挙げている模様である(この考え方は、銀行再生・破綻処理指令<BRRD>に具体化されている)。

ただし、株主はともかく、債権者に対してCovid-19による銀行経営の悪化に責任を求めることには相応の違和感もある。

むしろ、本構想が既存の不良債権の早期処理を念頭に置いている点は気になる。確かに、不良債権を移管することは、銀行によるCovid-19問題への対応余力を高める面はあろう。それでも、やや厳しく言えば、これまでの不良債権処理の遅れをCovid-19を口実に一気に片付けようとする印象も受ける。

より技術的には、既存の不良債権は特定の領域に残存しているという問題もある。容易に比較可能という点で、ECBが単一銀行監督(SSM)によって直接監督する銀行を対象とする公表データでみると、不良債権比率が依然として高いのはギリシャ、キプロス、ポルトガル、イタリアといった国々である。

しかもイタリアに関しては、イタリア銀行(中央銀行)の公表データによれば、SSMによる直接的な監督対象の外にある中小金融機関における不良債権処理には時間を要している(市場売却<bulk sale>のような手段を活用しにくいためとみられる)。

これに対し、同じSSMのデータによれば、ユーロ圏全体としてみた不良債権比率は3%強であり、ECB自身が再三強調してきたように、世界金融危機や欧州債務危機による不良債権の処理は確実に進捗してきている。

従って、既存の不良債権の早期処理が必要としても、ユーロ圏全体の枠組みでなく、特定国に焦点を絞った対応であることが望ましいし、SSMによる直接の監督対象外にある中小金融機関に問題が集中しているのであれば、第一義的にはECBでなく各国当局が対応すべきというのが現在の考え方である。

その一方で、上にみた不良債権比率の国別の分布は、もともとの問題の相対的な深刻さもさることながら、不良債権処理を各国の対応に委ねると、結局は各国の経済力の違いを反映して進捗度合いの大きなばらつきを生ずるという厳しい現実を示唆している。

さらに、今回のCovid-19問題で深刻な打撃を受ける飲食や宿泊、観光、小売といった産業は中小企業のウエイトが高い点を考えると、中小金融機関が既存の不良債権を抱えたままで今回の局面を迎えたことには懸念がある。なぜなら、こうした事業者への円滑な与信の供与にとってボトルネックとなる恐れがあるからである。

Bad Bankの展望

国際通貨機関(IMF)の世界経済見通し(WEO)だけでなく、主要国の政府が徐々に示唆し始めているように、Covid-19に伴って低下した経済活動が元の成長パスに戻るには、今後数年といった単位での時間が必要とみられる。

従って、産業間でのばらつきがあるとしても、企業における売上げの減少も相応の期間にわたって継続する恐れがある。この間にも、雇用を維持するための賃金やテナントなどの賃貸料、設備のリース料や既往の借入れに関する利払いなどの費用負担は続くだけに、企業の利益も一定の期間に亘って減少することは、残念ながら避けられない。

企業に蓄積される損失は、財政資金の大規模で機動的な投入によって解消できれば、企業活動と雇用を守るだけでなく、前向きの投資を促進することにつながる。しかし、ユーロ圏を全体としてみた場合にはそこまでの財政余力はなく、強行すれば別の危機に陥るリスクもある。加えて、平時にもviableでなかった企業まで救済し、マクロ的な非効率性を残存させる恐れもある。

そこで次善の策としては、先にロイターで配信していただいた拙稿で日本に関して議論したのと同じく、Covid-19問題によって企業に蓄積される損失を区分した上で、時間をかけて償却することが考えられる。その際には、当該企業の期間収益だけでなく、公的な支援(税の減免や利子補給)が加わることが望ましい。

損失の償却が完了するまでの穴埋めには外部からの借入れも必要であり、ユーロ圏の場合には銀行中心の金融システムであるだけでなく、先に見たように相対的に大きな影響を受けるのが中小企業である以上、その主たる役割は銀行貸出が引き受けることになる。

しかし、現在の金融監督の下ではこうした貸出は直ちに不良債権に区分されるだけに特例扱いが必要であるし、既に主要国で実施されているような自己資本比率規制やレバレッジ比率規制上でも配慮が必要となろう。

その上で、上に見たように銀行システムに相対的に脆弱性のある国や財政余力の少ない国では、こうした対応を取ることも困難であり、結果的にユーロ圏全体の経済活動の回復の制約となったり、域内国間の経済格差の拡大に一層拍車をかけるリスクが高いという判断はありうる。

その場合には、こうした銀行貸出を買い取って、時間をかけて償却するための「Bad Bank」を、欧州委員会とECBが各々資本と資金を拠出して設置することには大きな意味もあり、元の構想よりも説得力があるように思える。

「Bad Bank」が保有する貸出債権の償却原資を、銀行によるディスカウントでの債権売却の差益とともに、ユーロ圏共通の財源によって賄うことは合理的であり、今週(23日)の欧州理事会( European Council ) で再検討される欧州共通債 ( corona bond)の資金使途の一つになりうるはずである。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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