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欧州理事会の結果と今後の展望

2020/04/24

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はじめに

4月23日(現地)の午後にテレビ会議で開催された欧州理事会(European Council)は、経済回復に向けたロードマップに合意した一方で、復興基金(Recovery Fund)について「実現に向けた政治的な合意」を得るに止まった。

理事会のミシェル議長と欧州委員会(European Commission)のフォン・デア・ライエン委員長による共同記者会見の内容も含めて、今回の結論と展望を検討したい。

経済回復のためのロードマップ

ミシェル議長が会合に先立ってメンバーに送付した招待状(21日付け)によれば、今回の主要な議題は、4月9日に欧州委員会が決定した対応策の確認に加えて、欧州経済の回復に向けたロードマップについて合意を得ることにあった。

理事会が公表しているロードマップ(案)によれば、対策の柱として、①機能の高い強化された単一市場(single market)、②前例のない投資活動、③グローバルな活動、④EUのガバナンス機能の4点を挙げている。

このうち①では環境対策やデジタリゼーション、銀行同盟や資本市場同盟の推進に加え、中小企業や新興企業の育成、対内直接投資の効率的な規制が挙げられた。また、③ではCovid-19対策に関し、G20やWTOとの連携を含む多国的アプローチの重視や、アフリカ等の近隣諸国への支援を掲げている。さらに④では、域内諸国の団結とともに、法の支配や人権の尊重といった基本理念が確認されている。

このように、ロードマップの大半は概念的な性格の強い「方針」であり、会合での合意は比較的容易であったと思われる。これに対して②には域内の主要国で意見の異なる領域が含まれている。

つまり②では、域内経済の回復のためには「(第二次世界大戦後の)マーシャルプラン」のような投資活動が必要と指摘し、上記① で指摘した分野や経済格差の是正、共通の農業政策といった分野での投資活動を官民ともに推進することの重要性を指摘した。

加えて 、 1) 次の多年次財政枠組み( Multiannual Financial Framework<MFF>)がEU全体としての政策戦略の実現だけでなく、域内国による経済回復の支援にとって重要であり、早期の合意が必要であること、2) 欧州投資銀行(European Investment Bank<EIB>)の活動が極めて重要であることを主張している。

次節で復興基金を検討する際にも関係するので、MFFを概観しておくと、EUの中期(7年間)にわたる予算規模と主要な政策分野への資金配分を決定するもので、毎年の予算の執行はこの枠組みに制約を受ける。MFFはEUの基本条約(リスボン条約)の第312条に規定され、欧州委員会が原案を作成し、欧州理事会が是全会一致で合意し、欧州議会の同意を得た上で発効する。

現在のMFFは2014~2020年を対象としており、今年度で失効する。このため、昨年末に欧州委員会が次のMFF(2021~2027年)の案を欧州理事会に提示し、Covid-19問題が深刻化する直前の会合(2月20~21日)で議論したが合意が得られなかった報道。によれば、総額(従来は域内GDPの1%が目途)とともに、環境対策への傾斜配分に関して意見の相違があったようだ。

このため、今回の会合でロードマップに合意しても、次期MFFに関する議論では戦略分野別の優先度に関して意見の相違が残るリスクがある。

復興基金

これに対し、今回の欧州理事会会合のもう一つの焦点であった復興基金(Recovery Fund)についても、Michel議長が送付した招待状で取り上げられている。この中で、①基金の設立に向けた作業開始にできるだけ早く合意する、②基金は十分な規模を確保し、最も深刻な影響を受けた部門や地域に焦点を当てた支援を行う、③資金ニーズの詳細と対応について欧州委員会に諮問する、という提案を行った。

会合後の欧州理事会の公表文によれば、上記の3点に関する合意が得られたようだ。この点は記者会見でも数名の記者が確認したが、ミシェル議長は、実現に向けた政治的な合意が得られたことの重要性を強調した。

加えて、欧州理事会は、欧州委員会に対して基金とMFFとの連携を重視して検討を行うよう指示した。こうした方針は、ミシェル議長による上記の招待状に明記されているだけでなく、予て欧州理事会やユーロ圏財務相会合(ユーログループ)で指摘されてきた。

その直接的な意味は、復興基金の財源をMFFに明記することで確実にする点にある。また、記者会見でフォン・デア・ライエン委員長が認めたように、Covid-19問題への対策は今後数年単位で必要となる点でも、MFFによる中期的な拠出を確保する考え方自体は合理的である。

一方で、こうした対応には問題もある。特に、前節で見たように次のMFFは2021年からを対象とするだけに、復興基金の設立も2021年にずれ込むリスクがある。Michel議長は次期MFFの早期の合意を求めてはいるが、内容面でそもそも意見の対立があったことを考えると、従来のMFF交渉のように、対象期間の開始直前に妥協する可能性も少なくない。

実際、記者会見では数名の記者がこの点に懸念を示した。さらに興味深いのは、基金の通称が「rescue fund」から「recovery fund」へといつの間にか変わっていたことである。この点が示唆するように、基金の目的はCovid-19問題で深刻な影響を受ける部門や地域の救済よりも、今後の経済復興の方にシフトしている印象を受ける。

その意味では、別な記者が指摘し、フォン・デア・ライエン委員長が認めたように、復興基金の設立に向けた努力を続ける一方、そこまでの橋渡しの手段も早急に実現する必要がある。しかし、現在のMFFの予備資金は既に少なく、域内国から一時的な拠出を求めることにも各国の現状を考えると無理があるだけに対応は難しい。

結局のところ、少なくともユーロ圏諸国については、ECBによる大量の国債買入れによって財政資金の調達コストを抑制することしか有効な手段がないということでは、ロードマップが強調する欧州の団結もかなり空しいメッセージになる。今後の欧州理事会では、橋渡しの仕組みがむしろ緊要度の高い課題になる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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