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FRBのパウエル議長の記者会見―Medium-term implications

2020/04/30

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はじめに

4月のFOMC(通常会合)は現状の政策対応を継続することを決定した。四半期ごとの経済見通しの改定も、6月FOMC(通常会合)まで延期されていることもあり、米国市場の反応は限定的であった。それでもパウエル議長の記者会見では、いくつか興味深い論点が取り上げられた。

景気と物価の判断

米国時間の当日に第1四半期GDPが公表されたことに加え、今回の声明文も具体的な議論を示していないため、多くの記者が当面の景気見通しやその要因について質問した。

パウエル議長は、年後半から回復に向かうとの見方を示すとともに、年前半の経済活動の急減速が(感染防止には必要だが)人為的な要因による面が多い点を確認し、そうした要因が解消してゆけば、顕著な回復を示しうるとの見方を示した。これは、Covid-19の感染抑制を前提にIMFやCBOが示したのと同じ考え方である。

一方でパウエル議長は、今回の問題が米国経済に対して中期的な影響を持つことへの懸念も指摘した。実際、今回の声明文でもこの点に関する言及がみられる。

具体的には、パウエル議長は、感染者数の推移、ワクチンや治療薬の開発といった医療面での不確実性の高さに加え、①雇用の大規模な喪失や中小企業の大規模な退出、②海外経済の回復の遅延に伴う外需の低迷といった点から、米国経済への影響が予想より長引くリスクを認めた。

このうち①に関しては数名の記者が、世界金融危機後の経験を踏まえて、失業の長期化によってスキルも失われる結果、再雇用が一段と難しくなることや、これまで縮小してきた人種間での雇用や賃金の格差が再び拡大することに対する懸念を示した。

金融緩和によってデュアルマンデートの一環である最大雇用を実現することが、人的資本を充実させるとともに、従来以上に幅広い人々に雇用機会を提供してきた点は、いわゆるFed Listens(金融政策の見直しの一環として実施したタウンミーティング)を通じてパウエル議長自身が再三強調してきた点である。今回の問題のために成果を喪失することにはFOMCとして無念さもあろう。

これに対し記者会見では、今回の問題が物価に対して中期的に与える影響に関する質問は少数に止まった。パウエル議長は原油価格の動向も含めて下方リスクがある点を認めた。しかし、世界金融危機後の経験として、実際のインフレ率よりもインフレ期待の安定が重要であると主張し、現時点でインフレ期待は概ね安定しているとの見方を示した。

これらの議論を踏まえて、ある記者が、今回のようなショックに対するresiliencyを強化するには、どのような対応が必要かという興味深い論点を示した。

パウエル議長は、米国の銀行の頑健性が世界金融危機当時に比べて顕著に高まっていた点は、金融システムに対する不安を抑制し、企業や個人に対する金融仲介を維持できている点で大きな意味を持つと指摘した。

その上で今後の課題としては、銀行の頑健性を一層強化するとともに、主要な金融市場の機能を強化すべきとの考えを示した。実際、後者は3月に顕著な問題を引き起こしたところであり、パウエル議長も、世界金融危機後にTri-party RepoやMMFで大きな改革が実現したことに言及しつつ、さらなる対応の必要があるとした。

政策判断

冒頭に見たように、今回(4月)のFOMCは政策対応の現状維持を決定した。このうち国債やMBS、CMBSについても必要なだけ買い入れる方針を維持した。また、これらについては「市場の円滑な機能の維持のため」との目的を維持した。

筆者は、国債やMBSに関しては、完全な回復でないとしても市場機能が改善傾向にあったことに加え、FRBNYによる実際の買入れ額(オファー額)が縮小してきたことも踏まえて、同じ資産買入れであっても、市場機能よりも景気対策としての趣旨を強めると予想していた。一部の記者からもそうした指摘がみられた。

しかし、FOMCが買入れの趣旨を不変としたことは、市場機能に慎重な見方を維持していることを示唆するだけでなく、パウエル議長が記者会見で指摘したように、こうした市場の機能を維持することが、現在の最優先課題である企業や家計に対する金融仲介の維持に不可欠との判断を示唆するものであろう。

こうした議論を踏まえると、「FOMCは無制限の量的緩和を維持した」と理解することには不適切な面もある。FRBが実施してきた「量的緩和」のうちでも、QE1はともかく、QE2やQE3は景気や物価の下支えを目的とした政策であった。逆に、目的が市場機能の維持であれば、機動的な対応が必要であるだけに、予め買入れ額を想定することは不適切である。

一方で、多くの記者が取り上げたのは、企業金融支援策の発動の遅れである。一連の対策のうち、PPP(小規模企業向け)は発動した直後に(財務省の)資金が枯渇し、予算を追加して再発動したが、申請が殺到して(SBAの)システムがダウンするといったトラブルはあるが、実施に移されている。

これに対し、MSLP(中堅企業向け)やPMCCFとSMCCF(大企業向け)は依然として稼働していない。パウエル議長は、後者に関しては程なく開始しうると説明したが、前者に関しては多数のパブリックコメントの対応に相応の時間を要することを認めた。おそらく、PPPで政治問題化した企業規模や使途に関する不適切な活用の排除などに時間を要しているとみられる。

その上で、FOMCにとって劣らず重要なことは、今後の政策対応余力であり、数名の記者がこの点を取り上げた。

パウエル議長は米国経済の今後の動向に即してあらゆる手段を講ずる用意がある点を確認した。その上で、市場自体が金融緩和の継続を期待している以上、フォワードガイダンスの強化は当面は不要との考えを示す一方、予て実施してきた金融政策の見直しに関する議論に言及する形で、「量的緩和」の活用の可能性を示唆した。

しかし、これらは景気回復を促進する上で有効な手段である。仮に経済への影響が長引いた場合には、結局のところ、企業支援策の規模を一層拡大するという、技術的には容易だが政策的に難しい状況に至る可能性がある。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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