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ECBのラガルド総裁の記者会見-targeted and flexible

2020/05/01

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はじめに

ECBの4月の政策理事会(通常会合)は、金融機関向けの資金供給策を一段と強化した一方、資産買入れは現状の枠組みを維持した。景気や物価の情勢判断も含めて、こうした政策決定の背景を検討したい。

景気と物価の判断

米国と同じくユーロ圏についても、金融政策決定の当日に第1四半期のGDP成長率が公表されたことに加え、Covid-19問題に対して域内主要国がロックダウンのような厳しい措置を講じただけに、 ECBによる情勢判断には関心が集まっていた。

ラガルド総裁は、Covid-19問題の経済面への影響が域内全体に前例のないペースと広がりを持って波及し、足もとの経済指標やセンチメント指標からみて、第2四半期には一段と深刻な影響が生ずるとの見方を示した。しかも、供給力と需要の双方の毀損が、サービス業だけでなく製造業でも顕著であると指摘した。この点は、昨年後半の動向が影響している可能性がある。

その後は経済活動の再開や緩和的な金融環境、海外経済の回復などによって、ユーロ圏経済が回復を示すとの見方を確認したが、Lagarde総裁も、そのペースや程度には大きな不確実性が残ると指摘し、FRBと同様に慎重な見方を示した。併せて、ECBスタッフによる2020年の実質GDP成長率見通しも、様々なシナリオによって-5~-12%と大きなばらつきがあると説明した。

物価に関しても、ラガルド総裁は、総需要の減少に加えて原油価格の低下もあって低下圧力が強まるとの見方を示した。これに伴って中短期のインフレ期待に低下の恐れがあるとした一方、デフレリスクに関する記者の質問に答える形で、長期のインフレ期待は不安定化しておらず、Covid-19の影響は供給面にも生ずるとして、インフレの一方的な減速には否定的な見方を示した。

政策決定

今回(4月)の政策理事会では、①TLTROIIIの条件緩和と、②長期資金供給オペ(Pandemic Emergency LTRO<PELTRO>)の導入を新たに決定した。

このうち①は、2020年6月~21年6月の実行分について、金融機関に対する与信利回り(原則)を25bp引下げ、当該期間の資金供給オペ(MRO)の平均利回りを50bp下回る水準とした。加えて、一定の期間における顧客向け貸出の増加率が0%以上であった場合の最優遇与信利回りも25bp引下げて、当該期間の預金ファシリティの平均利回りを50bp下回る水準とした。

この結果、現在の政策金利が不変とすれば、TLTROの利回りは原則-50bp、最優遇で-100bpとなる。併せて、顧客に対する貸出増加を検証する期間も、2020年4月1日~2021年3月31日でなく、始点が3月1日に繰り上げられた。ECBの公表資料は、3月から顧客への貸出に注力した金融機関を支援するためとしている。

一方で②は、顧客に対する貸出増加の条件がない普通のLTROではあるが、①資金供給オペ(MRO)の平均利回りを25bp下回る形で利回り面から優遇が加えられている、②2020年5月から12月にかけて順次実行する一方、満期期間が2021年9月末から7月へ(逆に)徐々に短期化する、③先般決定された適格担保の拡大のメリットを利用しうる、といった点で、いわば短期集中型の資金供給オペという性格を有する。

ラガルド総裁は、記者会見の冒頭説明で、ECBは市場に対する資金供給や緩和的な金融環境の維持のために様々な対応を取ってきたが、現在は企業や家計に対する与信の流れを維持することが重要であるとして、これらの対策の必要性を強調した。

記者からは、金融機関に対する資金供給策の強化は、銀行システムに問題があることの表れではないかとの指摘もあった。これに対しラガルド総裁は、ユーロ圏の銀行も資本や流動性の面で頑健性を高めており、足許のデータを見ても貸出は拡大していると反論した。加えて、こうした措置は銀行を支援するためではなく、あくまでも企業や家計への与信を維持することが目的である点を強調した。

資産買入れ

実は記者会見での質問の大半は現状維持を決定した資産買入れに関するものであった。

このうち数名の記者が取り上げたのは、3月18日の政策理事会で導入したPEPPに関し、規模や内容に関する見直しを行う可能性であった。また、先般の適格担保の拡大で投資非適格の債券も対象に含めただけに、資産買入れでも対象になり得るかとの質問もみられた。

ラガルド総裁は、PEPPとPSPPを一体の意識で運営しており、合計で1兆ユーロを超える規模になる点を確認した。加えて、 PEPPのうち国債買入れの国別配分については、ECBに対する各国の出資比率(capital key)を原則とするが、国別配分やその他の資産とのバランスを柔軟に運営する方針を確認した。

PSPPでイタリア国債に相当なウエイトをかけている点は公表データから明らかである(3月の純増額ウエイトは3割以上)。これに対しPEPPは(市場で同様の傾向が指摘されていたが)データの公表がなく、客観的に明らかでなかった。ラガルド総裁も、隔月ベースではあるがPSPP並みの公表を行うと説明した。

別の数名の記者はOMTの活用の可能性を質した。この点は、イタリアを含む域内国の一部におけるCovid-19対策に伴う財政資金の逼迫に対し、財務相会合(ユーログループ)が、ESMのクレジットライン(ECCL)の条件緩和を打ち出したことで関心が高まっている訳である。

ラガルド総裁は、ECBによるOMT導入の趣旨は、財政を含む構造問題によって苦境に陥った一部国を支援することで、ユーロ圏の分裂や崩壊を防ぐことにあり、域内国が一様に影響を受けている現状ではPEPPが適切な対応との考えを確認した。加えて、 ECCLの利用が自動的にOMTの発動を意味する訳ではない(理事会で個々に判断する)方針を示した。

しかし、今回の声明文が歓迎の意を示した「復興基金」の稼働には時間を要するだけに、ESMとECBが実質的な橋渡しの役割を果たさざるを得ない。ラガルド総裁も、OMTがECBにとって発動可能な政策手段である点も確認せざるを得なかった。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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