フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 ECBによるユーロ圏経済のシナリオ

ECBによるユーロ圏経済のシナリオ

2020/05/04

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

はじめに

ラガルド総裁が4月30日の定例会見の際に言及したように、ユーロ圏経済の先行きに関するシナリオ分析が公表された(Economic Bulletinに掲載・5月1日)。同日に公表されたレーン理事(チーフエコノミスト)のBlogと併せて内容を検討したい。

Mild, Medium, Severe

今回のシナリオ分析はECB執行部の試算であり、ラガルド総裁も説明したように、6月の政策理事会(定例会合)に提出される執行部見通しと直接の関係はない。今後の動向に大きな不 透明性が残るだけに、次の見通しはその時点での最新の情報や知見に基づいて推計されることになる。

シナリオに関する寄稿の著者(Battistini and Stoevsky)も、こうした不透明性の高さゆえに、異なる過程に基づく複数のシナリオを提示することの意義を強調している。この点はIMFやBISなどの先行例と同じく合理的な考え方である。

具体的には、①厳格なロックダウンの継続期間とそれに伴う経済的影響、②その後の感染抑制策による経済的影響、③家計や企業の反応、④感染対策終了後の経済活動への中期的影響、に関して異なる仮定を置いて、三つのシナリオを提示した。

Mildシナリオは、厳格なロックダウンが5月に終了し、経済活動の喪失も一時に止まり、徐々に回復に向かうという内容である。これに対しMediumシナリオは、厳格なロックダウンは同じく5月に終了するが、比較的強い感染抑制策が継続するため、生産の喪失がより大きくなり、経済活動の回復が緩やかとなるものである。

そして、Severeシナリオは、厳格なロックダウンが6月まで継続し、感染抑制が上手く行かず、医療面で有効な解決策が導入される2021年半ばまで、強力な対応が残存することを想定している。この間は、幅広い部門の経済活動が顕著に抑制される。

これらの想定に沿って、マクロ経済に対する影響の時間的パターンに関する仮定も提示された。具体的には、三つのシナリオともに4月第1週が経済的影響のピーク(インパクトが100%)とした上で、四半期ごとに減衰していくパターンを示している。

Mildシナリオでは年央に30%弱、年末に10%弱となり、2021年央に消滅するが、Mediumシナリオでは年央はほぼ同じながら、年末に30%弱、2021年末にも20%弱と影響が長引く。Severeシナリオでは、年央に50%弱と高止まりし、年末にも約40%、2021年末も約30%とさらに影響が長期化する。

各シナリオに沿ってマクロ経済の影響を推計する上では、産業別の影響に仮定を置く必要があるほか、寄稿の著者が指摘するように、旅行や宿泊といった特定の部門に集中していた影響が、時間の経過とともに幅広い部門に波及していくことも予想される。

このため、産業別に付加価値ベースかつ累計で生ずる影響にも仮定を置いている。最も深刻な影響を受けるのは小売・輸送・宿泊・飲食の60%であるが、製造や建設も各々40%と、娯楽等の30%より大きな影響が想定されている。因みに、情報・通信や金融・保険、公務、農業は各々10%と最小の影響が想定されている。これらを加重平均したマクロ全体の影響は30%とされている。

さらに、ユーロ圏経済の特性を考えると、外需の動向にも想定を置く必要がある。今回のシナリオ分析では、三つのシナリオに即する形で、外需の時間的パターン(2019年第4四半期を100とし、第2四半期初をボトムとする水準)にも仮定を置いている。

Mildシナリオでは90弱で底打ちした後、年末には100弱、2021年末には105弱と緩やかな回復を辿る一方、Mediumシナリオでは底打ち水準が85弱まで低下し、年末に95弱、2021年末に漸く100弱となる。さらにSevereシナリオでは、75弱で底打ちし、年末に約85、2021年末にも90強と影響が長期化する。

一連の想定をもとに、今回のシナリオ分析は最後にユーロ圏の実質GDPの時間的なパターンを示している(同様に2019年第4四半期を100とする水準)。当然予想されるように、いずれのシナリオともに第2四半期初がボトムとなる。

Mildシナリオでは、約90で底打ちした後、2020~21年の各年末には各々100弱、100強と緩やかに回復する一方、Mediumシナリオでは、底打ち水準が85強に低下し、その後の各年末も95弱と約97となる。さらにSevereシナリオでは、80強で底打ちし、その後の各年末も90弱、95弱となる。

これらを年間ベースで読み替えると、2020年の実質GDP成長率は、ラガルド総裁が言及したように、各シナリオによって-5%、-8%、-12%と推計される。また、2021年は各々+6%、+5%、+4%の成長が期待されている。

レーン理事のBlog

レーン理事は、ユーロ圏経済の先行きには家計の支出と企業の設備投資が重要であるとした上で、Covid-19とその経済的影響の不透明性が高いため、家計が予備的貯蓄を積み上げたり、企業が設備投資を延期または中止する可能性に懸念を示した。

このうち家計に関しては、各国の大規模な財政支援に加え、預金残高の可処分所得に対する比率が世界金融危機当時に比べて高い(2008年初の350%に対し、現在は450%)点を指摘し、相応にresilientとの理解を示す一方、こうした特性にはばらつきも非常に大きく、政策面で配慮する必要があると付言した。

その上で、上記のシナリオ分析でも十分考慮できていない点として、企業の破綻や退出に伴う生産能力の毀損やそれに伴う設備投資の委縮のリスクも指摘し、これらの現象はより長期的な影響を持ちうる点に懸念を示した。

こうした懸念は、ラガルド総裁も強調したように、企業や家計に対する円滑な与信を維持することがECBの最優先課題であるとの考え方に繋がる。実際、前回(4月)の政策理事会で決定した追加緩和策は、銀行貸出の下支えに焦点を置いていた訳である。

一方でレーン理事は、PEPPのような資産買入れ策も、域内の国債市場で自己実現的な「質への逃避」や流動性の喪失を防ぐ上で重要な役割であると説明し、域内における政策効果の波及を維持する上で中央銀行の基本的な任務であると説明した。

おそらく、こうした考え方がECBによる元々の「公式見解」であろうし、今更という批判もあろうが、市場に対してきちんと説明していくことが重要と思われる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn