フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 FRBによる金融安定報告(Financial Stability Report)

FRBによる金融安定報告(Financial Stability Report)

2020/05/19

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

はじめに

今般、FRBが公表した金融安定報告(FSR)は、3月以降に金融システムに生じたストレスのメカニズムを明らかにするとともに、今後のリスク要因に関する見方を示すものとなっている。

市場流動性の急低下

FSRの本文は、「資産価格の評価」、「企業や家計の借入れ」、「金融セクターのレバレッジ」、「資金調達リスク」の4パートから構成され、最後に今後のリスクが整理されている。こうした構成は欧州や日本の中央銀行による同種の報告と似ているが、FRBの場合は、予てから事実関係に関する記述が多く、分析が相対的に少ない特徴を有しており、その点自体には今回も変わりがない。

もっとも今回は、3月以降に生じた市場流動性の急速で顕著な低下と、FRBによる対応策に関する興味深い議論がBOXの形でいくつか収められている。なかでも市場流動性の低下に関しては、第1パートに添付された「業態別の活動と市場流動性」というBOXで、ディーラー、レバレッジファンド、その他の資産運用業者の各々による影響が解説されている。

ディーラーはマーケットメイクによって市場流動性を供給する役割を担うはずである。FSRも、世界金融危機の際には米国債市場でそうした機能を果たしたとしているが、今回は一部の先が投資家から流動性の低い国債を大量に引き取った結果、マーケットメイクの余力を失ったとの理解を示した。

一方、レバレッジファンドは高頻度な裁定取引を通じて市場流動性を供給するが、FSRは、価格の下落した投資資産の売却を余儀なくされた結果、市場流動性を枯渇させたとしている。加えて、業界の寡占化(2019年第2四半期には25のファンドが50%のシェアを占有)や、モデル・トレーディングへの依存の高まりも、市場流動性への圧力を増したとしている。

加えて、レバレッジファンドの一種であるPTF(自己資金によりクロスアセットのモデル取引を行うファンド)が、資産価格のボラティリティ上昇や市場流動性の低下に直面し、複数の市場で同時に取引から退出したことも事態を悪化させたとした。

最後に、その他の資産運用業者のうち、一部のミューチュアルファンドは、ハイイールド債や銀行貸出債権といった低流動性の資産に投資しつつ、投資家に翌営業日の資金償還を容認していた(「満期の変換」を行っていた)。このため、FSRによれば、投資家による償還請求が集中したことで、そうした保有資産の換金売りに走り、市場流動性にストレスをかけたとの理解を示した。

金融セクターのレバレッジ

FSRは、銀行部門の自己資本による損失吸収力が極めて高い点を確認し、足許で急増する資金需要に対して貸出の増加で対応できていると評価した。もっとも、大手銀行では貸倒引当金の大幅な積増しが進行し、銀行貸出サーベイ(SLOOS)によれば、足許で銀行は貸出姿勢を急速にタイト化するという悩ましい事態も生じつつある。

さらにFSRは、銀行のクレジットラインに着目し、「クレジットラインを通じた銀行の企業向け与信に関するリスク」と題するBOXでインパクトに関する議論を行っている。

FSRの推計によれば、2019年末に大手銀行が供与したクレジットラインの残高は3.6兆ドルで、そのうち2.3兆ドルは未使用であった。供与先別にみると、全体の28%がノンバンク、24%が商業、交通、公共サービスの企業、22%が製造業の企業であった。ノンバンクへの供与残高は9960億ドルだが、既に4440億ドルが使用され、使用率は約45%と相対的に高かった。

その上で、本年3月と4月だけで全体で2840億ドルの資金が新規に引き出されたようだ(半分強が投資適格企業による使用である模様)。これに対し、FSRは銀行による資金供給能力に楽観的な評価を与えている。

理由は世界金融危機後の規制強化である。例えば、流動性比率規制(LCR)により、銀行はノンバンクと非金融法人向けの未使用のクレジットライン残高に対し、各々40%と10%相当額の高流動性資産(HQLA)を保有することが義務付けられている。CPやABCPのファシリティに対するクレジットラインは、発行体がノンバンクと非金融法人の場合で、各々100%と30%に上昇する。

ただし、FSRも認めるように、足許でのクレジットラインの使用は、一時的な流動性不足への保険というよりも、景気後退リスクへの備えという意味合いが強まっている可能性がある。その点では、流動性リスクよりも信用リスクの点から注意する必要があろう。

今後のリスク

FSRは最後のパートで今後のリスクを三つに整理している。

第一は、米国経済の回復の遅れである。企業と家計のバランスシートが一段と悪化する結果、レバレッジの高い非金融企業の破綻の拡大と家計の資金調達の困難化が生じ、銀行を中心とする金融機関に対するストレスが高まる。並行して、資産価格が下落し、投資家のリスク選好も低下するというものである。

業態別には、本文で生命保険の課題を取り上げた点が注目される。FSRによれば、生命保険は商業不動産や社債、CLOなどにおける主要な投資家であるため、今後の景気悪化によって資産内容に劣化のリスクがあるほか、予てからの低金利環境の下で収益力が低下している点を、懸念材料として指摘した。

市場別には、住宅ローン市場に対して相対的に楽観的な見方を示した点も興味深かった。主たる理由は、マクロ的にはネガティブ・エクイティが少ないこと、中古住宅在庫が極めて低水準であったほか、新規建設も困難なので需給がタイトであること、政府の経済対策によって一時的な返済猶予が認められていることなどである。ただし、返済猶予はサービサーにはストレスになる。

これら以外の二つのリスクは中国発と欧州発のストレスである。このうち前者に関しては、サプライチェーンを通じて米国経済を一層下押しするリスクや、中国国内の金融システムの不安定化が市場を通じて波及するリスクが意識されている。

これに対し後者では、大規模な財政出動に伴う国債市場の不安定化とそれに伴う銀行セクターへのストレスが、国際金融システムを通じて米国に波及する恐れが指摘されている。ただし、財政のリスクは米国自身にも相応に当てはまり得る課題とも言える。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn