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パウエル議長とムニューシン財務長官による議会証言

2020/05/20

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はじめに

米国がCovid-19問題への対策として導入した大規模な経済対策の根拠法であるCARES法に基づく初回の議会証言が、連邦議会上院の銀行・住宅・都市問題委員会で開催された。

議員による質疑応答は、当然ではあるが、共和党と民主党による対照的な問題意識を示唆していた。パウエル議長とムニューシン財務長官による声明文とともに、質疑応答の前半部分(約1時間)の内容を元に論点を検討したい。

地方政府への支援

今回の議会証言は、連邦議会が、CARES法に基づいて米国財務省とFRBが実施している経済対策の適切な運営をチェックすることが趣旨である。加えて、地方政府への追加支援の是非について、共和党と民主党で意見が対立していることもあって、質疑応答では同法による地方債買入れ(Municipal Liquidity Facility<MLF>)が焦点の一つとなった。

共和党側の考え方は、クラポ委員長による冒頭説明が示唆するように、まずは、現時点(5月19日)で準備途上にあるMLFを発動させることが先決であり、追加的な支援はその実績を見ながら検討すべきというものである。また、追加的な支援は、より小規模な組織にも資金を供給することで、財務省やFRBのリスク負担が過大になるとの懸念も有しているようだ。

これに対し民主党側は、リード議員やメネンデス議員の質問が代表するように、地方政府の活動はCovid-19問題に対応する上で不可欠である一方、年間予算の2割を超える負担を伴うケースがみられるなどサステナビリティに懸念があり、人件費抑制のため州政府の職員を解雇する動きもみられるとして、手厚い支援が不可欠であると主張した。

これらの指摘に対し、パウエル議長はMLFがFRBにとって前例のない対応であるため準備に時間を要している点を釈明するとともに、地方政府や専門家の指摘を踏まえて、地方債買入れの対象となる発行体の範囲を大きく拡大した点を説明した。ただし、 メネンデス議員が示唆した長期債への買入れ範囲の拡大については回答を避けた。

中堅・中小企業への支援

CARES法に基づく中堅企業に対する貸出債権の買入れ策(Main Street Lending Program<MSLP>)も、現時点(5月19日)時点で準備途上の状況にあるため、共和党のトゥーミー議員が発動に時間を要している理由を質した。

パウエル議長は、MSLPが同様にFRBにとって前例のない対応である点を確認しつつ、金融機関と取り交わす契約に関して、適格担保等の面で調整に時間を要していると説明した。もっとも、このfacilityを担うボストン連銀は、外部の専門家の協力も得ながら準備に注力しており、5月末までには発動するとの方針を表明した。

また、既に大規模な利用が進行している中小企業向けの貸出支援策(Paycheck Protection Program<PPP>)についても、両党の立場から問題が提起された。

このうち民主党は、ブラウン議員やワーナー議員が取り上げたように、PPPの下での中小企業庁(SBA)保証付の貸出が、少数民族の多い地方や小規模事業者(理髪店やベーカリーを例示)に依然として行き渡っていないとし、より柔軟な運用の必要性を主張したこれに対し共和党側からは、コットン議員やラウンズ議員が、特に中小金融機関から申請書類の煩雑さや審査に要する時間の長さといった点に不満が出ている点を取り上げるとともに、ラウンズ議員は、こうした状況を踏まえると6月末で受付を終了することで十分かどうかを質した。

これらの指摘に対しパウエル議長は、長期にわたる失業はスキルや人的ネットワークの喪失を伴うため再雇用を難しくするほか、中小企業の破綻は地域社会の維持を困難にするとの認識を確認し、手厚い対策の必要性に同意した。一方、ムニューシン財務長官は、議会の迅速な対応によってPPPの財源が追加されたことに謝意を示すとともに、事務対応の問題に適切に対応するとともに、申請期間の問題も議会と連携していく考えを示した。

その他の論点

質疑の冒頭で、民主党のブラウン議員は経済活動の再開に対する懸念を示し、GDPを増やすためにどれだけの人命を犠牲にする必要があるのかとトランプ政権を批判した。これに対し共和党のトゥーミー議員は、経済活動の制限を継続すると企業破綻が増加し、米国経済を元に戻すこと自体が困難になるとの認識を確認した。もちろん、ムニューシン財務長官は双方の視点に配慮を示した

今回の議会証言の趣旨に即したその他の論点としては、民主党のリード議員が住宅貸出の問題を取り上げ、リーマンショックの際には、結局のところ多くの国民が住宅を失ったとして、今回も一時的な返済猶予に止まらない、より強力な対応の必要性を示唆した。また、共和党のスコット議員は、多くのショッピングセンターが深刻な状況に陥っているために、家賃収入を裏付けとするCMBSに懸念があると指摘した。

質疑応答の意味合い

民間金融機関が実質的な運営の大きな部分を担うPPPや社債買入れに比べて、MLFやMSLPは技術的な難度が高く、前例のなさも加わって発動に時間を要していることには仕方ない面もある。しかし、以前の本コラムで指摘したように、遅延のもう一つの理由は支援対象の範囲を巡る政治的な対立に巻き込まれたことであり、その意味でも難しい対応になっている。

また、パウエル議長は、声明文の中でCARES法に伴う一連の対応は緊急措置であり、金融経済環境が改善したら「鞘に納める(back in the toolbox)」としている。一方で、失業の増加が経済社会の基盤を損なう点に強い懸念を示しており、しかも、この点はCovid-19の深刻化以前に実施していたタウンミーティング(Fed Listens)の教訓としてFRBが自ら強調していた点でもある。

FRBは最大雇用の達成を政策目標にしているだけに、こうした問題意識を持つのは自然ではあるが、今回の一連の対応が成果を収めればなおさら、今後もこうした対応が「政策目標の達成に必要」というロジックで正当化され、繰り返される可能性は小さくないように見える。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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