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ECBの4月政策理事会のAccount-Knightian uncertainty

2020/05/29

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はじめに

ECBの4月政策理事会の議事要旨(Account)によれば、執行部が提示した経済のシナリオ分析を踏まえて、理事会メンバーの間では総じて慎重な見方が共有された。また、大規模な財政政策の発動を歓迎しつつも、危機対策としての国債買入れ(PEPP)との関係について、「財政抑圧」のリスクも含めた議論がなされた。

市場機能の評価

経済や政策に関する議論の前に、執行部による金融市場の機能に対する評価を見ておきたい。シュナーベル理事は前回(3月)の政策理事会(定例会合)の当時に比べて、全体として状況が改善したとの認識を示しつつ、なお懸念すべき四つの領域を挙げた。

第一に、域内国の国債の対ドイツ国債の利回りスプレッドが、 ECBによる大規模な国債買入れに拘らず、足許で再び拡大しつつある点である。その背景として、大規模な財政出動に伴う国債の増発懸念を挙げた。

第二に、ECBによる緩和的な金融環境の維持に拘らず、企業収益の先行き懸念によって、銀行や企業の資金調達条件がタイト化している点である。さらに、企業債務のデフォルトが増加するリスクにも懸念を示した一方、銀行にとってTLTRO IIIのメリットが一段と大きくなっているとした。

第三に、ユーロ圏でも株価が顕著に上昇している点である。 シュナーベル理事も、長期的な企業収益に対する期待が頑健である点を認めつつも、当面の景気やその不確実性を考慮した場合、現在のバリュエーションにはリスクがあると指摘した。

第四に、短期金融市場における無担保での資金調達条件がタイト化している点である。Libor-OISスプレッドは2012年以来の高水準となっており、背景としてMMFや事業法人がCPの買入れを抑制していることなどを指摘した。

経済と物価の評価

レーン理事による執行部としての経済動向の評価は、経済指標やセンチメント指標をみる限り、ユーロ圏経済の顕著な減速は4月がボトムであろうが、その後の回復ペースやモメンタムには大きな不確実性が残るというものであった。

物価は、足許ではエネルギー価格の下落による下落圧力を受けるが、今後は家計や企業の慎重な支出行動による影響と、生産能力の低下による影響とのバランスに依存する一方、少なくとも中長期のインフレ期待は概ね安定していると指摘した。

これらは、既にラガルド総裁による記者会見などで広く発信されているが、今回(4月)の政策理事会では(以前の本稿で取り上げたように)、執行部がユーロ圏経済の先行きに関する複数のシナリオを提示し、その蓋然性やリスク要因に関する議論が行われた。

まず、理事会メンバーは足元の状況を踏まえて、「mildシナリオ」は既にやや楽観的過ぎるとの見方で概ね(generally)一致した。また、次回(6月)に改定する経済見通しは、前回(3月)から大幅な下方修正が必要との見方で合意しつつ、前例がないため深刻さや期間を見通しがたい点を確認した。

その際の下方リスクとしては、経済活動の自粛期間の長さや強度に加え、所得の喪失や支出行動の慎重化による総需要の回復の遅延が挙げられ、迅速なV字回復の可能性は既に排除すべきとの見方も示された。

もっとも、執行部の「severeシナリオ」が最も蓋然性が高いと判断するのは早計との指摘もあり、今後の経済動向は域内国政府や欧州連合による経済対策の強度や期間にも大きく依存するとの見方が示された。加えて、新たな環境に適応した起業やイノベーションも出現しているとして、その効果への期待も示された。

こうした楽観的な立場からは、今後のユーロ圏経済が、経済活動の自粛解除に加え、緩和的な金融環境や拡張的な財政スタンスに支えられて徐々に回復するとの見方が示された。もっとも、今回の問題が与える影響は領域ごとに大きく異なる点に従来以上に注意すべきとの指摘もなされ、今後は域内国ごとに異なる影響についても十分議論すべきとの指摘もなされた。

また、定量化は難しいものの、今回の問題がユーロ圏経済に非直線的な悪影響を与える可能性も提起され、企業の資金繰りや破綻に関するリスク、銀行における不良債権の増加見込み、財政債務の増加に対する懸念などが実体経済にフィードバックする恐れが挙げられた。

もっともそうした可能性は2021年の経済成長如何であり、域内国政府とECBによる強力な財政政策と金融政策によって、自己実現的な負のスパイラルは抑制しうるとの見方が理事会メンバーの支持を得た。加えて、タイムリーで焦点を絞った一時的な対応が、深刻な流動性問題の解決に有効であるだけでなく、財政債務の維持可能性に対する長期的な副作用の抑制に繋がるとの指摘もなされた。

このほか理事会メンバーは、グローバルなサプライチェーンの変化や新興国経済の回復の強さやペースに関する不確実性のために、ユーロ圏の外需に影響が生ずる可能性も指摘した。

政策判断

理事会メンバーは、前回(3月)の政策理事会で導入した対策が有効であった点に広く(widely)合意するとともに、事態がその後も急速に展開している点を踏まえ、追加的な措置を講ずることに合意した。ただし、実際に決定されたTLTRO IIIの条件緩和と新資金供給オペ(PELTRO)の導入は、全会一致でなかったようだ。

今後についても適切に政策を調整する方針が強調され、理事会メンバーは、域内経済のfragmentationの防止と緩和的な金融環境の維持のため、特にPEPPの柔軟性を一層活用していく方向性に対して、幅広く(widely)合意した。

大規模な国債買入れに伴う「財政抑圧」のリスクや域内国に対するモラルハザードのおそれも指摘されたが、そうした懸念のために物価安定の追求や金融政策の波及の維持を放棄してよい訳ではないとの反論が示された。また、PEPPは市場からデュレーションリスクを除去することで、物価安定の達成に必要な金融環境の維持に寄与しているとの主張もあった。

しかし、最後に付言されているように、今後は域内国の財政状況を密接に監視することも益々重要になるようだ。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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