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ECBの金融安定報告-Challenges to resiliencies

2020/06/01

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はじめに

ECBの今回(5月)の金融安定報告は、ECBが実施した一連の政策対応の成果を前向きに評価するとともに、銀行部門が欧州債務危機当時に比べて顕著に頑健である点を強調した。もっとも今後は、景気に関する不透明性が高い下で、不良債権の増加や財政赤字に伴うソブリンリスクに警戒を示した。

マクロ金融環境の評価

経済の先行き見通しに関しては、1年先のGrowth-at-riskによる第5分位が-11%に低下したとの推計を示した。また、下方リスクとして、①産業別の影響の相違、②旅行業や観光業への長期にわたる影響、③企業の活動縮小に伴う大規模な失業、④Covid-19の再流行に伴う経済活動の自粛を挙げた。①に関しては、Covid-19の影響を受けやすい産業(製造、鉱業、小売・運輸・宿泊・飲食、芸術・娯楽等)が、ユーロ圏全体の産業による付加価値の約半分を占めるとした。

これに対し域内国政府は、大規模な経済対策を発動しているが、ユーロ圏全体としてみれば、これまでは直接的な財政支出はGDPの5%程度に止まり、政府による中小企業向け融資への債務保証や政府系金融機関による融資などがGDPの20%を超えて中心となっていると評価した。

もっとも今後は、財政の自動安定化効果に加えて、徴税猶予や債務保証の実行などによって、2020年のユーロ圏全体の財政赤字がGDP比8%と、2010年の2倍に達するとの見方を示した。各国によるばらつきは大きく、イタリア、スペイン、フランスの赤字幅が目立つ。また、今後2年間の国債の満期到来シェアは、これらの3か国に加え、ポルトガルとドイツでも15%を超えるとしている。

家計の純資産は住宅価格の上昇等により健全で、手元流動性も潤沢であるなど、昨年末時点でバランスシートは頑健であった点を確認した。しかし、Covid-19問題の発生後は、銀行が消費者ローンと住宅ローンの双方で貸出姿勢を厳格化している点に留意したほか、景気回復の遅延や失業の拡大によって、最終的にはバランスシートの脆弱化につながる恐れを指摘した。

企業に関しては、収益見通しの下方修正が顕著であり、本年第1四半期の信用格下げの件数が2008~9年を既に上回った点を指摘した。企業もマクロ的には潤沢な流動性を抱えて今回の危機に直面したが、中小企業や日々の売上げへの依存度の大きい産業では流動性不足に直面したとした(全企業の1/4が既往債務の2か月分の要返済額を確保できてないと推計)。

このため、既に3月にはクレジットラインの引出しが1200億ユーロと既往ピークに達したが、今後もCovid-19問題に深刻な影響を受ける産業(卸小売、宿泊・飲食、運輸、製造など)では2022年までに既往の社債の50%超が満期を迎えるため、資金調達ニーズは高水準で推移するとの見方を示した。

最後に不動産市場のうち、居住用不動産の価格は総じて堅調な上昇を示してきたが、今後は実需面から抑制されるとして、過大評価の傾向のあった国での価格調整リスクを指摘した。

商業用不動産の価格はピークアウトの状況でCovid-19問題に直面したが、小売や飲食、宿泊といった産業でレントの支払が困難となったほか、長い目でみてオフィス需要が抑制される可能性もあるため、同じく過大評価の傾向のある地域での価格調整リスクを指摘した。これらのリスクは、言うまでもなく銀行の信用リスクの増加に繋がることになる。

銀行部門の評価

今回の危機に先立ち、銀行部門も良好な流動性資産(HQLA)を顕著に増やしたが、大半はECBによる資金供給(当座預金の増加)である点を認めた。また、欧州債務危機で相対的に影響の大きかった国々の銀行の流動性カバレッジ比率(LCR)も改善していたが、国債保有の増加による面もあり、今後のソブリンリスク如何ではむしろ脆弱性につながると指摘した。

もっとも、単一監督制度(SSM)の下にある大手行をみると、イタリアやスペインは相対的に預金への依存が高い一方、ドイツやフランスで市場調達に依存しているとの特徴も明らかにした。また、社債発行は足許でもカバードボンド等に限定され、本年末までに満期の到来する1,450億ユーロの借り換えには資金調達コストの上昇を伴うリスクを指摘した。

この点は、Covid-19問題の相対的な深刻さによって国別に差が生ずる可能性が高く、信用格下げが拍車をかける恐れもある(イタリアの銀行の36%が投資適格の最下位、29%がその一つ上の格付にあると指摘)。さらに、域内国政府の財政赤字が顕著に拡大する下で、銀行による国債保有が相対的に大きいイタリア、ポルトガル、スペインについては、財政危機が銀行危機につながる事態を再発させるリスクにも言及した。

銀行の不良債権は減少してきたが、昨年は市場売却や償却の減速によって改善ペースが鈍化した。今回の危機では、事業法人の状況の悪化が通常の景気後退より急激であるとして、不良債権の増加に警戒を示した。具体的には、3か月間にわたって企業の売上げが半減する場合、ユーロ圏全体で1,600億ユーロの不良債権を発生させ、不良債権比率を3%上昇させるとした。

銀行の自己資本も強化され、SSMの下にある大手行の普通株式等Tier1(CET1)は昨年第4四半期に14.8%であった。その上で、Covid-19問題による影響が深刻な産業(製造、鉱業、卸・小売、運輸、宿泊・飲食、芸能・娯楽)に対する与信の約13%が喪失した場合、銀行の持つ自己資本のバッファーが消失するとした(引当を考慮すると約23%)が、この水準はイタリアやアイルランド、ポルトガルでの過去のピークより若干低い点も付言した。

銀行は昨年末時点で3兆ユーロのクレジットラインを提供しており、全額が引き出されるという極端な仮定の下では、大手行のリスク資産を12%増加させ、CET1比率を1.6%引下げるとの推計を示した。もちろん、これらの最終的な信用リスク面の影響は、域内国政府による債務保証によって部分的には軽減される。

最後に、銀行の収益は、不良債権に対する引当の増加を主因に顕著に悪化するとの市場の見方を追認するとともに、貸出も、上記の資金需要はあるが、家計向けの減少もあって減速するとの見方を示した。これに対し銀行は、収益確保のため、マイナス金利の預金者への転嫁を進める(1月時点で、事業法人向けの26%、個人向けの3%にマイナス金利を適用)ほか、資産運用サービス等による非金利収入の増加を図るとの見方を示した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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