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FRBのパウエル議長の記者会見:Forceful, proactive, aggressive

2020/06/11

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はじめに

今回(6月)のFOMCは、国債やMBS、CMBSの買入れを現在のペースで維持することを決定したほか、景気と物価に対する慎重な見通しの下で、2022年末まで政策金利を実質ゼロのまま維持するとの予想がメンバーのコンセンサスである点を示した。

経済見通し

FOMCメンバーによる2020~22年の実質GDP成長率の新たな見通し(median)は、▲6.5%→+5.0%→+3.5%となった。前回(12月)からの修正を検討する意味は乏しいので、CBOやIMFによる見通しと比較すると、2020年に関する予想は概ね同様ながら、2021年に関してやや楽観的となっている。市場では、2020年に関して相対的に楽観的な見方が強い分だけ、2021年に関しては今回のFOMCよりも相対的に低い見通しが目立つ。

パウエル議長は、冒頭説明の中で、今回の見通しが依然として高い不確実性を伴う点を再三強調した一方、敢えて公表することが政策の透明性の面でメリットが大きいと判断したとを説明した。なお、一部の記者は今後の追加的な経済対策による効果が考慮されているかどうか質したのに対し、パウエル議長は明確に否定した。

また、5月の雇用統計が予想外の好転を示したため、質疑では労働市場に関する質問も多かった。パウエル議長は冒頭説明から先手を打ち、2000万人もの雇用が失われたほか、雇用統計は実態を過小評価している可能性があり、失業率は事後的に3%ポイント程度高まる可能性があるとの慎重な見方を示した。

しかも、Covid-19問題の影響が深刻な旅行、娯楽、飲食などの産業は相対的に低賃金労働に依存する面が大きいだけに、労働市場のストレスが結果的に黒人や女性といった立場の弱い人々に集中している点に懸念を示した。

実際、FOMCメンバーによる2020~22年の失業率の新たな見通し(median)は9.3%→6.5%→5.5%とされ、労働市場の回復には相応の時間を要するとの見方になっている。

パウエル議長は、記者の質問に答える形で、景気回復によって大半の雇用は復活するとの期待を示したが、一部の人は経済構造の変化に即して異なる就労機会を見出す必要があるほか、中小企業の廃業の増加に伴う雇用機会の喪失や労働参加率への影響といった要因も考慮すべきと指摘し、雇用調整に要する時間とコストに対する懸念を示した。

一方、 2020 ~ 22 年のコアPCEインフレ率の新たな見通し(median)は+1.0%→+1.5%→+1.7%となった。つまり、見通し期間の最後になっても、インフレ目標の達成は難しいとの見方を明示した訳である。

この点に関してパウエル議長は、Covid-19問題が生ずる以前に、長期に亘る景気拡大と極めて低位な失業率の下でもインフレ率はなかなか高まらなかった点を確認するとともに、インフレ目標の達成には謙虚(humble)になる必要があるとの考えを示した。

政策判断

パウエル議長は、冒頭説明の中で、FRBとしては低金利政策による緩和的な金融環境の維持、金融市場の機能の維持、企業や家計に対する与信の維持、の三つが引続き重要な課題であり、そのために全ての手段を行使する考えを確認した。

最初の点に関し、今回のdot chartは、2022年末に至るまで実質的なゼロ金利政策を継続することが、FOMCメンバーの強力なコンセンサスであることを明らかにしている(2021年末は全員一致、 2022年末は2名を除く圧倒的多数)。

市場機能の維持に関しては、今回(6月)のFOMCは、国債、 MBS、CMBSの買入れを少なくとも現在のペースに維持することを決定した。具体的には(FRBNYが公表)、国債は800億ドル/月、 MBSは400億ドル/月のペースで保有額を増加させるほか、 CMBSは2.5~5億ドル/週のペースで買入れを行うことになる。

FOMCはこれまでは国債やMBSを必要なだけ買入れる方針を示し、「無制限買入れ」と受け止められていただけに、政策の強度が弱まったとの印象を受けるかもしれない。しかし、実際の買入れは4月から5月にかけて顕著に減少し、過去数週間は概ね下げ止まっていただけに、これ以上は買入れ額を減らさないという点で緩和姿勢を明確にするメッセージになっている。

ただし、上記のようにFOMCは、資産買入れの目的が円滑な市場機能を維持することで、金融政策を効率的に波及させるものであるとの説明を維持した。記者からは、市場機能は十分回復したのではないかとの指摘もあったが、パウエル議長は回復は依然として十分ではないと反論した。

「無制限買入れ」から定額の買入れへ転換したことは、その位置づけが危機対策から金融緩和へシフトしたことを意味する。にも拘らず、タームプレミアムの抑制を通じた長期金利の抑制という政策目的を掲げないことは興味深い。その理由の一つは、財政ファイナンスへの連想を防ぐことにあるように見える。

もう一点興味深かったのは、パウエル議長が冒頭説明でイールドカーブ・コントロール(YCC)に言及した点である。今回(6月)のFOMCでは、中断していた金融政策の見直しに関する議論を再開し、ELBの下でのフォワードガイダンスや資産買入れの活用について再度議論したほか、YCCについても補完的な位置づけとして議論したと説明した。

奇妙なことに記者からはこの点に関する質問が皆無であった一方、多 くの質問は現時点で開始されていないMain Street Lending Programに集中した。パウエル議長は、金融機関と企業の双方の意見を聴取しつつ内容の調整を進めてきたと説明し、直近の見直し(金融機関による与信債権の保有義務を一律5%に引下げ、与信期間を5年に延長、最小貸し出額を25珀万ドルに引下げなど)が有意義であるとして、近日中の開始を表明した。

おわりに

パウエル議長を含むFRBの執行部が、雇用機会の幅広い拡大とその維持を重視する姿勢は、既に昨年から開始されたFed-Listensの中で明らかであったが、現在の米国社会の環境を考えるとより大きな意味を持ちつつある。デュアルマンデートの下にある以上、 FRBがこうした考えを持つことは当然であるし、現時点では世論と政策の必要性が同じ方向にあるが、長い目で見れば、常にそうであり続けるとは限らないかもしれない。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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