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FRBのパウエル議長の議会証言(上院:銀行・住宅・都市問題委)

2020/06/17

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はじめに

大統領選挙の年であるだけでなく、人種差別問題に対する意識の高まりもあって、今回の議会証言(上院:銀行・住宅・都市問題委員会)では、両党の議員による政治色の強い発言が通常以上に目立った。そうした中で、限られたやりとりではあったが、FRBの政策運営に関する興味深い議論もあった。

金融政策報告と冒頭説明

今回の議会証言は年2回の金融政策報告(MPR)に関するものであり、報告書は既に6月12日に公表されている。にも拘らず、メディアの報道が驚くほど少なかったのは、6月FOMCの直後であったほか、結果的にはパウエル議長がFOMC後の記者会見で概要を説明したことになったからであろう。

しかし、MPRの場合は、最も興味深い議論は本文よりBOXに含まれることが多く、今回も例外ではない。最初のBoxでは、covid-19問題が雇用に与えた影響が業種と人種の双方の面で一様ではない点を分析し、しかも、相対的に深刻な影響を受けた業種ではアフリカ系アメリカ人やアジア人による就業のウエイトが高い点で、双方の要素が相関していることを示唆している。

また、三番目のBOXではcovid-19問題による中小企業への影響を取り上げ、経済活動の自粛による影響の大きい娯楽やその他サービス(教会や美容室など)の大半(各々60%および85%)は中小企業であるほか、資金のバッファーが乏しい(経費15日分以下が半分以上)ことに加え、資金調達源も少ないために苦境に陥りやすい点を明記している。

これらの分析は、パウエル議長による議会証言での冒頭説明に反映され、深刻な景気後退を抑制しなければ、人種や性別の点での経済格差の縮小傾向が停止することになる点や、景気回復が緩慢であった場合の中小企業の破綻が、単にビジネスの消失だけでなく、社会的な影響を伴う点が強調されている。

質疑応答では冒頭のクラポ委員長の説明やシェルビー議員の指摘に代表されるように、共和党側からは、5月の雇用統計の予想外の改善や、足許での小売や所得に関する指標の改善などを踏まえて、米国経済が着実に回復しているとの見方が示された。

これに対しパウエル議長は、そうした兆候を歓迎しつつも、ロックダウンの終了に伴って小売のように早期に回復する部門と、観光や娯楽のように回復に時間を要する部門が存在するとの慎重な見方を維持した。FOMC後の記者会見と同様なトーンである。

一方、民主党側からは、ブラウン副委員長やメネンデス議員に代表されるように、前回のGFCの際も含めて、アフリカ系アメリカ人が雇用や所得、住宅の取得や金融機関からの借り入れなどの面で不公平な扱いを受けてきた点を指摘する発言が多かった。

また、リード議員は、地方政府の財政がひっ迫し、結果としてcovid-19対策に直接に関係しない部門で大量の解雇が発生している点を取り上げ、下院で可決した地方政府への支援策の重要性や、失業保険給付期間の再延長の必要性を指摘した。

パウエル議長は、FOMC後の記者会見の冒頭説明と同じく、今回の冒頭説明でも、「FRB内に人種差別の存在場所はない」とのメッセージを示し、この問題に対する強い意識を示唆している。また、地方政府の財政問題についても、資金調達のためのファシリティを導入していることもあり、雇用へのインパクトの大きさを重視する姿勢を示した。

金融政策に関する議論

冒頭に述べたように、少なくとも議会証言の最初の1時間強には、上記のように政治色の強い質疑が多かったが、若干ながら、政策運営自体に関するやり取りもあった。

まず、クラポ委員長がMain Street Lending Programが依然として開始できていない理由を質したのに対し、パウエル議長はようやくスキームが固まり、実施金融機関の登録作業が始まった点を説明し、数日中にファシリティが稼働するとの見込みを示した。もっとも、(要望を受けて対象に追加した)非営利法人への貸出については、適格要件の調整になお時間を要すると説明した。

また、シェルビー議員は、FRBが資産買入れや多くのファシリティを実行する結果、バランスシートの規模が急速に拡大する見込みにある点を指摘し、懸念の有無を質した。実際、今回の金融政策報告の最後のBOXは、一連の対策に伴うバランスシートの拡大を詳細に説明している。

パウエル議長は、一般に中央銀行のバランスシートが拡大した場合に生じうる問題を、インフレの加速と金融システムの不安定化(資産価格バブル)であると整理した上で、少なくとも現時点ではこうした問題は見当たらないと説明した。

また、当面はcovid-19問題への対応を優先すべきであり、この問題は長期的な視点から捉えるべきであるとの考えを示した。加えて、経済が順調に回復すれば、(GDP比での大きさが低下することで)いわば受動的に問題が解決する可能性があると付言した。

当面は経済の回復に専念すべきであり、副作用の抑制は長期の視点から考えるべきというスタンスは、FOMC後の記者会見でも示唆したように、大規模な財政支出についても同様である。

さらに、トゥーミー議員は、FRBが社債買入れ策を公表しただけで(実施前にも拘らず)、社債のリスクプレミアムが縮小し、社債発行が顕著に回復した点を取り上げ、政策目的が既に達成されたので、実際の買入れはもはや不要ではないかと指摘した。

パウエル議長もアナウンスメント効果を認めた上で、市場はFRBが実際の買入れを行うとの信認に基づいて反応していることに加え、市場機能は回復したとは言え十分ではないとして、依然として買入れの実施が重要であるとの考えを強調した。

同じくトゥーミー議員は、FOMC後の記者会見を踏まえて、FRBによるイールドカーブ・コントロールの導入の可能性についても取り上げた。因みに同議員は、(長期金利の抑制を通じて)機関投資家の収益を阻害する、国債の市場機能を損なう、exitが難しいという理由を挙げて、導入反対の考えを示した。

パウエル議長は、前回のFOMCでは、FRB自身のpeg政策の経験や海外(日銀とRBA)の事例に関する執行部の説明をもとに討議したが、導入の適否を判断した訳ではないと説明した。その上で、 FRBの場合は、イールドカーブ全体ではなく、その一部を安定させることが主眼であるとの興味深いコメントを行った。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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