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ECBのラガルド総裁の記者会見-Safeguard of price stability

2020/07/17

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はじめに

ECBは、今回(7月)の政策理事会で金融政策の現状維持を決定した。記者会見でラガルド総裁は、一連の危機対策が金融機能の回復に所期の効果を挙げている点に自信を示した一方、ユーロ圏経済がCovid-19問題前の状況に戻るにはなお時間を要するとして、強力な政策対応を継続する必要性を確認した。

経済の判断

今回の声明文やラガルド総裁による冒頭説明は、ユーロ圏経済が4月に底打ちし、5月以降は消費や工業生産を中心に顕著な回復を見せている点を確認した。もっとも、海外経済の回復が一様でないこともあって輸出の低迷が続いているほか、Covid-19の先行きの不透明性を映じた家計や企業の支出の慎重化や、政策措置の終了に伴う雇用へのストレスなどのため、回復ペースは緩やかに止まるとの理解を維持した。

記者からは、域内国の景気回復ペースが二極化していることへの懸念が示されたのに対し、ラガルド総裁も国ごとだけでなく産業ごとにもCovid-19による影響度合いと回復ペースが異なることが、ユーロ圏経済の回復の支障になりうる点を認め、そうした状況を抑制することが重要であるとして、焦点を絞った財政刺激の必要性を指摘した。

また、別の記者がCovid-19問題による外需の構造変化について質したのに対し、ラガルド総裁は、上に述べたような国ごとの景気回復ペースの違いによる影響だけでなく、より長期的には、企業のサプライチェーンの再構築による影響の可能性も指摘した。

物価の判断

一方、物価に関して声明文は、この間の総需要の減少だけでなく、エネルギー価格の低迷見通しやドイツにおける付加価値税の減税の影響もあって、今年中は低迷が続き、来年以降に緩やかな回復に転ずるとの見方を維持した。

この間、インフレ期待に関しては、市場ベースでは一時の急落からは回復したが、依然として低位であるほか、サーベイベースでも短期のインフレ期待に低下の兆しがある一方、長期のインフレ期待には大きな変化はないとの理解を示した。

政策効果の評価と運営

今回(7月)の政策理事会は、金融政策の現状維持を決定しただけに、ラガルド総裁も、景気や物価の現状判断に加えて、一連の危機対応の評価に多くの時間を費やしたと説明した。その上でラガルド総裁は、数名の記者の質問に答える形で所期の効果を挙げている点に自信を示した。

実際、ラガルド総裁は計量分析結果として、3~6月に実施した一連の政策対応の結果、ユーロ圏の実質GDPを1.3pp、HICPインフレ率を0.8pp押し上げたとの推計を示した。Covid-19による落ち込みを埋めることはできないが、それ自体大きな値である。

政策手段別には、PEPPについて、市場参加者のマインドが顕著に改善したほか、域内国の国債利回りや社債利回りのスプレッドが縮小し、社債の発行が高水準で推移しているとの効果を指摘した。これに対し一部の記者は、逆に、買入れ上限額(1.35兆ユーロ)を使い切る必要はあるのかという疑問を提示した。

ラガルド総裁は、 PEPPの目的は域内金融市場の分断化(fragmentation)の防止を含む市場機能の回復だけでなく、 Covid-19問題による経済へのショックの軽減にあると説明した。

その上で、前者については一定の効果を挙げたとしても、後者にはCovid-19問題の不透明性に伴う下方リスクが伴うとして、予定通り遂行することが重要との考えを確認した。

一方で、他の政策手段に比べたPEPPの特徴は柔軟性にあることも強調し、買入れペースや国債の国別の配分、国債と社債等のバランスなどの面で、状況の推移に応じた対応が可能である点も付言した。このため、PEPPによる国債買入れのシェアにおいて、加盟国の出資比率(capital key)はベンチマークではあるが、現在も含めて乖離は当然に生じうるし、早急に出資比率に収斂させる必要性は乏しいとの判断を示した。

政策手段の上でPEPPと並んで焦点となったのは、TLTRO IIIである。既に公表されているように、6月に実施されたオペはグロス(他のオペからの実質的な借換えを含むベース)の落札額が1.3兆ユーロに達する空前の規模となった。

ラガルド総裁は、その理由について、今回のTLTRO IIIを銀行からみた場合、①マイナス金利での借入れが可能となるなど好条件であった、②企業を中心とする資金需要に応える必要があった、③多くの金融機関が利用したことで不名誉(stigma)の問題が抑制された、といった点を指摘した。

実際、ユーロ圏の銀行貸出残高(前年比)は、4月に+6.6%を記録した後、5月はさらに+7.3%へと伸びを高めている。また、家計向けも5月には+3%台とCovid-19問題以前のペースに復した。企業の資金需要には予備的なものも多分に含まれるとみられるが、企業と家計に対する与信の維持という効果を発揮している。

もっとも、ECBによる銀行貸出アンケートは、今後は域内国政府が実施している債務保証プログラムが終了していくこともあり、信用コストの増加懸念を背景に、与信スタンスがタイト化する可能性も示唆している。この点に関する記者の指摘に対し、ラガルド総裁も、債務保証の終了は仕方ないとしても、cliff effectを避けるため、徐々に措置の強度を弱めることが望ましいと指摘した。

金融政策の見直し

Covid-19問題によって先送りされてきたECB版の金融政策の見直しについては、ラガルド総裁は次回(9月)の政策理事会から議論を本格化させ、2021年後半に結論を公表する考えを示した。この点に関し一部の記者は、今回のような危機対策の効率性(副作用とのバランス)について意見を求めたが、ラガルド総裁は上記のような政策効果に関する説明に終始し、効率性自体に対する評価を避けた。

また別の記者は、低インフレへの対応が金融緩和の長期化を招く可能性を指摘した上で、政策目標の面で物価と雇用などをバランスさせてはどうかと質問した。これに対し、ラガルド総裁は物価安定の達成がECBの第一義的な目標であり、金融政策の見直しに気候変動のような視点を加味したのも、物価安定への影響が大きいからであると指摘するなど、記者の意見に否定的な見方を示した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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