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欧州理事会における中期予算と「復興基金」に関する合意

2020/07/21

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はじめに

7月17日から断続的に開催されてきた欧州理事会(EU加盟国の首脳会合)は、2021~27年の中期予算と「復興基金」に関して、本日(21日)の早朝にようやく合意に至り、ミシェル議長も「欧州プロジェクトの魔術」と称賛する声明文を公表した。本コラムで度々取り上げたテーマでもあり、内容や意味合いを確認したい。

ミシェル議長の修正提案と打開策

前回(6月)の欧州理事会での紛糾を受けて、今回の会合に先立つ7月10日にミシェル議長は修正提案を各国首脳に提示していた。

具体的には、①中期予算規模の減額(当初案から約12%削減)、 ②一部国の拠出金リベートの維持、③「復興基金」の例外的な位置づけ、④補助金と融資の組合わせによる「復興基金」の支出、 ⑤「復興基金」の中核をなす「復興・回復ファシリティ」の前倒し実施(7割を2022年まで)、⑥同ファシリティの活用に向けた加盟国による政策プログラムの早期立案の6つの柱から成っていた。

つまり、EU(欧州委員会)が一括して調達した資金を域内国の利用に供するという実質的な財政統合は一時的である点を明確にしただけでなく、予算規模の削減とリベートの維持によって域内国の拠出金負担を抑制し、かつ「復興基金」を前倒しで使用することで常態化を避けるといった点で、「倹約4か国」(オーストリア、デンマーク、オランダ、スウェーデン)に配慮した提案を行った。

それでも、今回の合意に時間を要した理由は上記の④にあったようだ。5月時点で、独仏両国の首脳は「復興基金」を7500億ユーロとし、うち5000億ユーロを補助金とする方針で合意していたが、前回(6月)会合で「倹約4か国」の強い反対に直面した。それでも、7月10日の提案でミシェル議長は修正案を提示しなかったが、今回の会合で補助金を3900億ユーロまで圧縮したことは、結果的に有効なカードとなった。

加えて、同議長が拠出金のリベートを上乗せしたことも合意への道を開いたとされる。この制度は英国の過度な負担軽減に端を発し、残りの加盟国による分担に関して、オーストリア、オランダ、ス ウェーデン、ドイツの4か国には特例的に上限を設けている。加えて、2014~20年予算限りの措置として、①デンマーク、オランダ、スウェーデンの3か国は一定額のリベートを受けるほか、②ドイツ、オランダ、スウェーデンの3か国は拠出金の算定に用いる付加価値税の税率の減免を受けている。

欧州委員会は、英国のEU脱退を機にリベート制度を少なくとも簡素化し、規模も縮小する方向を打ち出していたが、合意のための材料として使用されることになった。先程公表された合意文書によれば、「倹約4か国」とドイツの2020年のリベート額が明記されているが、上記のような複雑な制度のため、具体的な上乗せ額は判然としない。ただし、主要メディアはオランダとオーストリアに大きなメリットが生じたと指摘している。

合意内容のポイント

上記の合意文書によれば、2021~27年の中期予算(1.07兆ユーロ)と、その内数である「復興基金」(正式名称はNew Generation EU)(7500億ユーロ)の双方の規模の面では、7月10日のミシェル議長の修正提案が基本的に承認されたと理解できる。

この「復興基金」のうち6725億ユーロが上に見た「復興・回復ファシリティ」に充当される。つまり、各加盟国が策定した経済再建計画を欧州委員会の審査を経て欧州理事会が承認した場合には、 EUが各加盟国に対して実施のための資金を供与する。その際に3600億ユーロは融資として供与され、残り(3125億ユーロ)は補助金となる。それでは上記の3900億ユーロに足りないことになるが、「復興基金」のうちでこのファシリティ以外の資金(775億ユーロ)も、域内の中小企業対策やインフラ投資、温暖化対策等に補助金として使用されるので、合計で3900億ユーロとなる。

このファシリティはCovid-19問題からの経済再建が目的なので、 7月10日の修正提案に沿って、特に補助金部分は2022年までに7割の拠出を行う方針を明記しており、加盟国に経済再建計画の早期立案を求めるとともに、欧州委員会による審査と欧州理事会による承認も、計画提出から4週間以内に行うとしている。

一方、2021~27年の中期予算による歳出計画は、項目的には整理されたが内容面で大きな変化はないようだ。具体的には、①単一市場・イノベーション・デジタル(予算規模1327億ユーロ)、②団結・回復・価値<経済格差の縮小に向けた雇用や投資の促進等>(同3777億ユーロ)、③天然資源・環境(同3563億ユーロ)、④移民・国境管理(同226億ユーロ)、⑤安全保障・防衛(同131億ユーロ)、⑥隣接地域・海外<温暖化対策等の協力>(同984億ユーロ)、⑦公共政策<国際機関の運営>(同731億ユーロ)の7本柱からなる。

公表資料には各々の柱に関する歳出計画が掲載されているが、詳細な内容はともかく、上記の七本柱のレベルで比較する限り、特定の項目が大きく削減された様子はみられない(全体の規模は約12%減だが、各柱とも概ね同率で圧縮されている)。

一方で、所要資金の確保の面では、上記のような「倹約4か国」を含む加盟国の懸念を抑える観点から、毎年の拠出金が各加盟国のGNIの1.46%を超えないことを明記している。併せて、「復興基金」のための市場調達は2026年末までに終了し、2058年末までに返済を完了する(しかも、毎年の返済額は補助金総額の7.5%を上限とする)。

しかし、補助金は加盟国に贈与するので財源が必要である。合意文書によれば、①2021年初から、加盟国を対象に非リサイクル・プラスチックへの新たな拠出金を導入する、②遅くとも2023年初から、デジタル課税と輸入品に対するCO2使用税を導入する、③域内におけるCO2排出権取の整備を急ぐ、といった方針を掲げているが、内容も規模も不明確である。しかも、次期中期予算期間には、金融取引税を含む新たな課税を検討するという気になる記述もみられる。

今回の合意の意味合い

「倹約4か国」の主張の強さが目立った一方で、欧州委員会と独仏両国も、予算手続きの遅延や市場インパクトといった懸念だけでなく、支援対象候補国の政治情勢や決裂した場合の域外の「大国」による影響力の拡大といった要素を考えると、今回は引くに引けない状況であったように見える。その意味で合意の成立は政治的には賞賛すべきである。もっとも、上に見たようにEUの財源問題には難問も残っており、しかも欧州だけでは解決しえない要素も含まれている。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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