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BOEのベイリー総裁の記者会見―It’s in the tool box

2020/08/07

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はじめに

今回(8月)のMPCは、金融政策報告(MPR)の公表に伴うSuper Thursdayであっただけでなく、金融安定政策委員会(FPC)による金融安定報告(FSR)も同時公表される異例の会合であったが、金融政策は現状維持を決定した。記者会見ではマイナス金利政策の可能性が焦点となった。

経済見通し

ベイリー総裁が記者会見で強調したように、前回(5月)のMPRの見通しはシナリオ分析の性格を有していただけに、今回(8月)はCovid-19問題の発生以来、実質的に初めての見通しとなる。

それによれば、今年の実質GDP成長率は▲5.4%となった後、 2021~23年の第3四半期における前年比成長率は+8.6% →+3.0%→+1.9%と推移すると予想した。同時に公表された議事要旨によれば、足許の経済活動は経済活動の再開が予想より早かったことや個人消費の回復が順調であることなどを背景に、前回(5月)のMPRが想定したよりも良好であると評価した。

もっとも今後に関しては、Covid-19の展開に加え、感染予防策の動向とその影響といった点で不透明性が残るとし、リスクは依然として下方に傾いているとの見方が共有された。実際、MPRに掲載されたfan chartによれば、2023年第3四半期のGDP金額は4800~5900億ポンドと異例に大きな幅を示している。

記者会見では、こうした見通しがCovid-19の流行の再拡大や経済活動の部分的閉鎖といったリスクを考慮しているか否かを質す向きもみられ、ベイリー総裁は当然に織り込まれているものの、不確実性は極めて高いとの理解を確認した。また、別の一部の記者がEUとの通商交渉に関するリスクを質したのに対し、カンリフ副総裁は、カナダ型のCETAをメインシナリオとしつつも、 WTO型のような決着も考慮していると説明した。

その上で、今回(8月)のMPRは今後に留意すべき問題として、 ①家計による消費行動の慎重化、②設備投資の慎重化や労働のミスマッチによる生産性伸び率の低下を挙げた。

このうち②に関して議事要旨には、750万人もの労働者が政府の雇用維持政策の恩恵を受けているとした上で、1)対面サービスを伴う産業では経済行動の変化に伴う構造改革が不可避である、2)在宅勤務の実施に伴い、実質的な余剰労働力が顕在化しつつある、といった点を背景に、政策の終了後には失業が顕著に増加する恐れがあるとの議論がみられた。

物価見通し

一方、今回(8月)のMPRによれば、CPIインフレ率は2020年には+0.3%と極めて低い伸びに止まった後、2021~23年の各第3四半期には年率で+1.8%→+2.0%→+2.2%と順調に伸びを高めるとの予想を示している。

CPIインフレ率が来年にかけて顕著に改善するように見えるのは、今年のインフレ率が、Covid-19の影響による経済活動の低迷に加えて、エネルギー価格の既往の低下と、経済政策の一環としてのVATの一部引き下げといった要因によっても大きな下押し圧力を受けるためである。

ただし、この点を勘案しても、インフレ率の見通しは上に見た経済見通し以上に楽観的に見える面もあり、特に労働市場のslackが長期化するリスクを考えると尚更にそうである。この点は、現地の市場関係者が既に指摘しているように、BOEの見通しはタカ派的だったとの理解につながっているのであろう。

もっとも、MPCメンバーも下方リスクを意識しており、同じくMPRに掲載されたfan chartによれば、2023年第3四半期のインフレ率は▲1%~+5%強という極めて大きな幅を示している。

政策判断

上記のように、今回(8月)のMPCは金融政策の現状維持を決定したが、議事要旨にはこれまでの政策対応が所期の効果を挙げているとの評価がみられた。

これに対し一部の記者は、銀行が住宅ローンの供与に慎重化する兆しがみられるとして、政策効果の波及に疑問を示した。 ベイリー総裁は、LTVの高い借り手には銀行の与信姿勢が慎重化する兆しもみられるほか、住宅価格にも下落の兆しがみられる点を認めた。もっとも、後者に関しては、政府の経済対策としての印紙税の一部軽減などによる下支えへの期待も示した。

なお、同時に公表されたFPCの議事要旨には、英国の銀行の自己資本比率が5%ポイント低下するには、景気がどの程度悪化する必要があるかという「reverse stress test」を行ったことが示されている。

それによれば、1200億ポンドもの不良債権の発生が必要となるため、実質GDPの低下幅は先に見たMPRの見通しに比べて約2倍に拡大し、失業率も15%に達する必要がある(MPRの見通しは本年末時点で7.5%)とした。つまり、銀行の与信能力には大きな懸念はないとの判断である。

その上で、数名の記者が取り上げたのはマイナス金利政策の可能性である。実際、ベイリー総裁だけでなく複数の幹部が、この間にそうした発信を行ってきただけでなく、今回(8月)のMPRにはマイナス金利政策に関する長文のBOXが掲載されただけに、関心を集めるのも当然ではあった。

ベイリー総裁は、そうした質問に答える形で、BOEがマイナス金利政策に関して、諸外国での実績や英国での意味合いについて詳細な分析と議論を行ってきたことを認めた。その上で、政策手段のtool boxには入っているが、現時点で行使することはないという判断に至ったと説明した。

また、マイナス金利政策を実施する条件に関する質問に対しては、具体的な回答を避けるとともに、BOEにとっての追加緩和手段は、他の中央銀行と同じく、マイナス金利政策のほか、資産買入れの強化やフォワードガイダンスの明確化であり、これらの間にアプリオリな優先度合い(hierarchy)はないとし、その時々の情勢に即して判断するとの考えを確認した。

ただしベイリー総裁は、マイナス金利政策に関する分析や議論の結果として、①景気悪化への対応よりも景気回復の促進により有効である可能性がある、②金利引下げの困難な家計預金のウエイトが高いと政策効果の波及に支障が生ずる、との推論を得たことも指摘した。また、英国に関しては、リングフェンス銀行の存在も含めて、②の面で課題があるとの認識も示唆した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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