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ECBの7月政策理事会のAccount―No complacency

2020/08/21

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はじめに

ECBによる7月政策理事会では、ユーロ圏経済の底打ちと金融市場の安定化を歓迎しつつも、経済政策の減衰による雇用への影響や銀行の与信姿勢のタイト化といったリスク要因にも注目し、金融緩和の当面の維持の必要性を確認した。

経済情勢の判断

レーン理事は、執行部の立場から、ユーロ圏経済が5月以降は顕著に回復し、6月見通しのbaselineシナリオに沿った動きとなっていることを確認した。

このうち消費は、域内政府の様々な支援策による所得の下支えが効果を発揮しているが、依然として危機前の水準に戻っていない点を指摘した。また、設備投資は、サーベイ結果などを元に、第3四半期から回復が本格化したとの見方を示した。

労働市場でも、政府の支援策によって雇用の減少や失業の増加が抑制されているが、ECBによるエコノミストサーベイ(SPF)が失業率は2021年入り後にピークに達するとの見方にある点に注意を喚起した。また、雇用が政策的に維持されている代償として、一人当たり報酬の伸びが極めて低い点も指摘した。

今後に関しても、足許のデータは6月見通しのbaselineシナリオに沿った内容であることを確認しつつも、経済活動の回復が依然として不均一である点に注意を喚起した。その上で、主たるリスク要因として、①Covid-19の感染の再増加とその抑制策、②雇用や所得の下落と予備的貯蓄の増加、③先行きの不透明性に伴う設備投資の抑制、を挙げた。

理事会メンバーもこうした現状評価に同意し、6月見通しのsevereシナリオの蓋然性が低下したと指摘した。

先行きについては、(経済活動の自粛に伴う)強制的な貯蓄が消費に向かう可能性や、EUによる「復興基金」の政策効果といった上方リスクを指摘した。もっとも、同時に、政府の支援策が減衰することに伴う労働市場を中心とする「cliff effect」や失業期間の長期化に伴う人的資本の質的低下、企業のsolvency問題が深刻化した場合の実体経済と金融システムとの負の相互作用といった、多様な下方リスク要因も挙げた。

なお、物価に関しては、レーン理事が、原油価格の既往の軟化に加え、ドイツの付加価値税減税の影響によって、総合インフレ率が下方圧力を受けているほか、基調的にも、サービスに対する需要の減退が作用しているとの理解を示した。理事会メンバーもこうした見方に幅広く(broadly)合意するとともに、HICPバスケットの30%の価格が下落している点に懸念を示す一方、(Covid-19の影響で)多くの価格が推計値である点にも留意を示した。

金融情勢の判断

シュナーベル理事は、ユーロ圏の金融環境が緩和してきた点を確認するとともに、主たる背景を、①Covid-19の感染者が再拡大した場合にも、経済活動の抑制は以前より限定的との理解、②投資家によるリスクテイク姿勢の回復、③金融緩和の継続によるリスクプレミアムの抑制期待、として整理した。また、PEPPの規模拡大やTLTROIIIの条件緩和がともに所期の効果を挙げたとの評価を下した。

一方レーン理事は、ユーロ圏の銀行貸出が、国によるばらつきはあるが、総じて顕著な伸びを示している点を確認し、資金需要の強さと域内国政府による債務保証を背景として指摘した。もっとも、ECBの銀行貸出サーベイによれば、第3四半期には、一部国での債務保証の終了見込みと借り手の信用リスクの高まりを背景に、銀行の貸出姿勢がタイト化する見込みにある点も付言した。

理事会メンバーもこうした評価に幅広く(broadly)同意し、特に中小企業に対する銀行貸出の維持の重要性を確認したほか、銀行貸出の金融政策の波及メカニズムとしての重要性にも言及した。

その上で、政府の債務保証が早期に終了した場合には、事業法人の信用リスクの悪化と銀行の信用コストの上昇が相互作用を生むことに懸念が示された。また、家計向けの与信姿勢のタイト化は、所得や雇用への懸念を反映したものとの理解を示しつつ、政策措置による与信姿勢の緩和が元に戻ったに過ぎないとの見方も示された。

政策判断

これらの議論を踏まえてレーン理事は、金融緩和の現状維持を提示したほか、足許での経済活動の回復は確認しつつも、経済資源のslackは大きく、先行きの不透明性も高く、金融市場のセンチメントにもその意味で不安定性が残るとして、楽観に陥る余地はない(no room for complacency)との考えを強調した。

また、対外的な発信においては、①経済活動は足許で回復しているが、その水準は低位で不透明性も高い、②総需要の減少の下で物価上昇圧力も当面は弱い、③景気と物価の回復のため、金融緩和の維持が必要、④物価目標の達成のため、全ての政策手段を行使する用意あり、といった点を強調すべきとした。

理事会メンバーも、金融政策の現状維持と、必要に応じて政策手段を行使する姿勢に同意した。特に先行きのリスクは依然として下方に傾いており、今後、政府の支援措置が終了していくに伴い、企業がCovid-19の影響に従来よりも直接的に晒されることへの懸念が示された。

主な政策手段のうちPEPPについては、運営における柔軟性の高さが、資産のクラスや地域の違いを超えて金融緩和効果を波及させる上で有用との認識を示した。

その上で、買入れ規模の位置づけについて議論がなされ、経済指標が上振れしている点などを踏まえて、実際の買入れが上限に達しない可能性が指摘された。これに対しては、PEPPの目標は、金融緩和の波及効果の確保だけでなく、中期的な物価安定にもあるだけに、全額の買入れを実施すべきとの反論が示された。

またTLTRO IIIについては、6月の実行分が巨額の落札(グロスで1.3兆ユーロ)に達した点が、好適な条件による銀行の資金調達を実現したことを確認しつつ、実際に貸出の増加につながるかどうかを注視すべきとの指摘があった。

上記のように、域内国政府による債務保証制度が足許までの貸出増加を支えていたとすれば、制度の終了後の貸出姿勢には懸念があるとして、銀行がTLTRO IIIによって調達した資金の使途には今後の分析が必要との指摘がなされた。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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