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ECBのラガルド総裁の記者会見―Careful assessment

2020/09/11

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はじめに

ECBは今回(9月)の政策理事会で金融政策の現状維持を決定したほか、執行部による経済見通しも前回(6月)と概ね同様な内容となった。もっとも、この間のユーロ高に関しては、ラガルド総裁による冒頭説明で、「中期的な物価動向への意味合いについて注意深く評価する(carefully assess)」との表現が加えられるなど、一定の牽制が示された。

景気見通し

ラガルド総裁は、冒頭説明でユーロ圏経済が第3四半期に力強く回復していると評価しつつ、その水準はなお低く、今後も緩和的な金融環境や域内国の財政支出、海外経済の回復といった好材料はあるものの、Covid-19に伴う不透明性が依然として高いとの見方を維持した。

執行部による2020~22年の実質GDP成長率に関する新たな見通しも、▲8.0%→+5.0%→+3.2%と、2020年が前回(▲8.7%)に比べて上方修正されたが、その後は概ね不変に維持された。なお、執行部は今回も上記の中心見通し以外に上下双方のリスクシナリオも提示したが、実質GDP成長率に関しては若干ながら上方修正された。

質疑応答では、複数の記者が国や産業によって経済活動の回復に差がある点を指摘した。ラガルド総裁は、Covid-19の感染の深刻さ、財政や金融システムの頑健性の違いによってそうした状況が生じていると認めた上で、解決にはEUの「復興基金」のような財政の配分機能が有効との理解を示した。その上で、 TLTRO IIIなどによる企業や家計に対する与信の維持に加え、 EU機関が発行する債券の買入れによって、ECBも間接的な役割を果たしうるとの考えを示した。

物価見通し

ラガルド総裁は、冒頭説明でHICPインフレ率(総合)が、食料品価格の落ち着きやドイツの付加価値税減税の影響によって、前年比で小幅ながらマイナスになり、総需要の弱さや労働市場のslack、ユーロ高などのため、当面こうした状況が続くと説明した。

執行部による2020~22年のHICPインフレ率(総合)に関する新たな見通し も 、 +0.3%→+1.0%→+1.3%と 、 2021年が前回(+0.8%)から上方修正された以外は不変となった。ラガルド総裁は、前回(6月)に比べて原油価格の想定を上方修正したが、影響はユーロ高を含む他の要因に打ち消されたと説明した。

なお、執行部による上下双方のリスクシナリオによれば、HICPインフレ率(総合)は2021年までは若干ながら上方修正されたが、下方シナリオではその後のインフレ率がさらに低迷するとされた。

質疑応答ではユーロ圏はデフレなのかとの懸念も示された。これに対しラガルド総裁は、足許の小幅マイナスのインフレ率も一時的要因による面が大きく、来年以降は徐々にプラス幅を拡大するとの見通しにある点を指摘して、そうした懸念を否定した。

ユーロ高とその対応

今回の政策理事会に向けて市場の関心が高かっただけに、比較的多くの記者が質疑応答でこのテーマを取り上げた。まず、今回の政策理事会での扱いに関する質問に対しては、ラガルド総裁は議論として取り上げたことを明確に認めた上で、為替相場はECBの政策目標ではなく、あくまで中長期的な物価安定に対する意味合いを討議したことを確認した。

また、現在のユーロ高が懸念すべき水準か否かを質す質問にも、 ラガルド総裁は、為替相場の水準に言及することは適切でないとして回答を避けた。もっとも、ユーロ高が物価に対する下押し圧力の主要な部分を占めている点を認めるとともに、中期的な物価目標の達成のためには、現在のような資産買入れや貸出支援策に限らず幅広い政策手段を動員する用意があるとして、市場にみられる利下げ予想に一定の理解を示した。

政策判断

今回の政策理事会は、上記のように金融政策の現状維持を決定したが、質疑応答では既存の政策手段の運営に関して意外に多くの質問が示された。

まず、PEPPやAPPについては、今後の景気の不透明性や域内国による国債増発を踏まえて規模拡大の必要性を指摘する意見と、逆に金融市場の安定化を踏まえて、買入れ枠を使い切る必要に疑問を示す意見の双方が示された。

ラガルド総裁は、これらの資産買入れについては効果や効率性を常に確認しているとした上で、特にPEPPに関しては、①金融市場を安定化させ、政策効果を域内全体に波及させる面では役割を果たした一方、②緩和的な金融環境を維持することで、中期的に物価目標を達成する面ではこれからも効果を発揮するとの理解を示した。

また、こうした考え方はレーン理事が今年のジャクソンホール・コンファレンス(テレビ会議)で説明した「2段階アプローチ」として理事会内で広く共有されていると指摘するとともに、今回の政策理事会では資産買入れの見直しは議論されなかった一方、買入れ枠を使い切ることが上記の②の観点から重要との考えを確認した。

TLTRO IIIに関しても、質疑応答では6月実行分の落札額は大きかったが、域内国によって貸出市場の状況は異なるとして、9月実行分に関して更なる条件変更の可能性が指摘された。

これに対しラガルド総裁は、6月実行分は単に落札額が大きかっただけでなく、落札した金融機関の規模や地域の面でも従来にない広がりがあった点を指摘し、その意味で政策効果は幅広く波及しているとして、現時点では条件変更の必要性は乏しいとの見方を示した。

金融政策の見直し

ラガルド総裁は、記者の質問に答える形で、Covid-19対策のために停止していた金融政策の見直しに関する議論を、物価の計測に関するセミナーを皮切りに再開する方針を示した。

また、ECBの場合には、通貨のデジタル化や気候変動の影響、マクロプルーデンスと金融システム安定、財政とのポリシーミックスなど、カバーすべき論点がFRBに比べて多岐にわたる点を強調するとともに、それだけに結論の方向性を予め示すことは困難であるとし、欧州議会や市民との対話も含む多様な手段で検討を進める方針を確認した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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