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FRBのパウエル議長の記者会見―ポリシーミックス

2020/11/06

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はじめに

今回(11月)のFOMCは金融緩和の現状維持を決定した。パウエル議長は、Covid-19の感染者の増加を踏まえて経済の先行きに慎重な見方を維持した一方、記者からは一連の与信プログラムと資産買入れの双方に関して、今後の運営に関する質問が示された。

経済情勢の判断

今回(11月)の声明文は、前回(9月)と実質的には変わっておらず、景気回復の継続を確認している。もっとも、パウエル議長は冒頭説明の中で、雇用を含めて改善ペースが鈍化している点に懸念を示すとともに、今後についても、Covid-19が抑制されて人々が安心して消費を行う状況にならない限り、本格的な回復は望めないとの慎重な見方を示した。

物価に関しても、声明文は既往の原油価格の下落に加え、総需要の停滞によって抑制的であるとし、後者に関してパウエル議長は、Covid-19による影響が深刻な領域で下方圧力が相対的に強いことを確認した。

意外なことに、質疑では経済情勢に関する質問は少なかったが、 パウエル議長は、経済対策の縮小に伴い家計が予備的な貯蓄を増やしていることが消費のモメンタムを抑制する恐れを指摘した。また、FRBにとっては、危機対応や景気回復の促進だけでなく、 Covid-19の問題による長期的な影響(scarring effect)を防止することも重要な課題であると指摘し、そのためにも失業の長期化による労働参加率の低下といった事態を防ぐべきと指摘した。

与信プログラム

パウエル議長は、冒頭説明で、企業や地方政府に対する与信を維持するための一連のプログラムが所期の効果を挙げているとのポジティブな評価を示した。また、これらが連邦準備法13条(3)に基づいて財務省との連携の下で例外的に実施された融資であることを強調した上で、当面はこうした措置が必要であるが、今後に必要性が低下すれば終了する方針を確認した。

これらの与信プログラムは本年末で終了する予定であるだけに、複数の記者が期間を延長する可能性を質した。これに対しパウエル議長は、今回(11月)のFOMCでは議論していないと説明するとともに、延長の有無や延長する場合の具体的な内容は財務省とも協議していくとした。

これらのプログラムでは、経済政策(CARES法)に伴う財政資金を政府によるリスク分担の手段として使用しているだけに、新政権による経済対策が明らかになる以前に、来年以降の扱いを明言することは難しい。もっとも、今後の経済動向に不安があるとすれば、一時的にせよバックストップがなくなることも避けたいはずであり、FRBの対応は難しくなっている。

別な記者からは、Main Street Lending Program(MSLP)の条件改定(10月30日に公表) の趣旨について質問があった。

これに対しパウエル議長は、MSLPについては1件100万ドル以下のような主として中小企業向け融資での利用に関して課題があったとの認識を示した。このため今回は、融資金額の下限引下げ(25万ドル→10万ドル)とともに、銀行が借り手から受取るフィーの改定(New Loan Facilityの場合、25万ドル以下の融資ではorigination feeを100bp→200bp)によって、銀行の小口案件に対するインセンティブを改善することで、そうした課題を緩和することが目的であったと説明した。

資産買い入れ

冒頭説明でパウエル議長は、今回(11月)のFOMCでは、資産買入れの規模や対象となる資産の残存期間、買入れの継続期間などの全般に関して議論を行ったことを説明した。その上で、市場機能の支持と緩和的な金融環境の維持のため、現在のペース(国債は800億ドル/月、MBSは400億ドル/月)で残高を積み上げるとの方針を維持したことを指摘した。

質疑では、一部の記者から、既に市場機能は十分回復しているだけに、買入れペースを抑制することも可能ではないかとの指摘があった。これに対しパウエル議長は、資産買入れには(上記のように)二つの目的があり、緩和的な金融環境を維持する観点から、現状のペースを維持することが妥当と判断したと説明した。

逆に複数の記者は、政府の経済政策が遅延した場合には、FRBが資産買入れの強化によって対応すべきではないかと指摘した。 パウエルl議長は、資産買入れの運営については、毎回のFOMCで政府の政策対応に限らずすべての外部要因を考慮して議論するとの方針を確認する一方、政府から何らかの政策対応があると期待すると付言した。

また、より一般的な観点から、景気減速が深刻化した場合の追加緩和手段やその有効性に関する質問も複数の記者から示された。 パウエル議長は、FRBが有効な政策手段を失いつつあるとの懸念を否定した上で、資産買入れと与信プログラムの各々の強化を柱として挙げ、後者に関しては財務省との調整は必要だが、必要に応じて新規プログラムの導入も考慮するとした。

最後に一部の記者は、資産買入れを強化する場合に、FRBが国債を政府から直接に引き受ける可能性を質した。これに対しパウエル議長は、そうした買入れは「財政のマネタイゼーション」そのものであり、中央銀行に与えられたマンデートではないとの考えを強調するとともに、財政規模は選挙で選出された議会が決める話であり、中央銀行の買入れによって直接的な影響を受けるべきでないと説明した。

ポリシーミックス

既にみたように、今回の質疑では政府とのポリシーミックスに関する議論が多かった。Covid-19感染者が増加する中で、経済対策の必要性への意識が高まる一方、(最終結果に不透明性が残るが)大統領選を終え、次の政権の政策運営に焦点が移っていることを反映したものとみられる。

パウエル議長は、大量の雇用が急激に減少する今回のような事態では財政政策が特に有用との考えを示した一方、これまでに比べると財政出動への要請を控えた印象も受けた。政治的に微妙な時節を踏まえた対応であろうが、一方で経済の下方リスクに慎重な姿勢を示した以上、上記のように「金融緩和で補う必要はないか」という議論を招くことになる。

米国民だけでなくFRBにとっても、どちらにしても次の政権の政策運営に関する不透明性が早めに解消することが望まれる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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