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新型肺炎がキャッシュレス化の議論にも影響か

2020/02/03

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衛生問題がキャッシュレス化議論の論点の一つに

今般の新型肺炎の広がりは、実店舗などでの我々の代金の支払い方法、つまり小口決済手段のあり方についての議論に、新たな論点を提供する可能性がある。現金利用に関わる広い意味でのコストの中には、紙幣や硬貨が人から人の手に渡ることで引き起こされる衛生面での問題があるだろう。つまり、一部の研究者が指摘する、現金が細菌やウイルスの感染を媒介してしまうリスクである。

誤解のないようにまず強調しておきたいが、現金利用が感染症の広がりを誘引した、といった明確な科学的根拠が現時点で示されている訳ではない。その意味で、このリスクを過度に警戒すべきではないだろう。ただし、より長めの視点から、現金利用のデメリット、キャッシュレス化のメリットを考える上で、これが論点の一つとなってくる可能性はあるものと思われる。

2017年に米国で実施されたある研究では、ニューヨーク市で流通する紙幣に100種類以上の細菌が付着していることが判明したという。また香港の大学も、香港市内にある12の医療機関と3つの地下鉄駅から1枚ずつ、合わせて15枚の香港ドル紙幣を回収して、寒天を使って異なる種類の細菌や微生物を培養した。移植した細菌はすぐに繁殖したことから、細菌が紙幣に付着した状態で生存できるということが裏付けられたという。

この香港の大学の研究によれば、紙幣に付着していた細菌のうち約36%に病原性があり、人体に感染する恐れがあるという。それらは必ずしも人体に危険を及ぼすとは限らないが、紙幣が病原菌の一種の巣窟となっていることは間違いないようだ。ただし、米国と香港の双方の研究によれば、紙幣に付着する細菌でもっとも多かったのが、ニキビの元になる「プロピオニバクテリウム・アクネス」だった。

米国での研究によれば、サルモネラ菌や大腸菌の病原株など、食中毒を引き起こす細菌は、硬貨などで生存することも確認されており、ATM機に潜んでいる可能性もあるという。

ポリマー紙幣(プラスティック紙幣)は細菌が増殖しにくい

紙幣の素材についても考えてみる必要がある。昨年4月に、日本の財務省は2024年度上期をめどに1万円札、5千円札、千円札の新紙幣を紙素材で発行すると発表した。紙幣を一新するのは2004年以来、20年ぶりのことである。

ところが、海外では紙素材の紙幣ではなくポリマー紙幣(プラスティック紙幣)の導入が急速に広まっている。1988年にオーストラリアで発行されたのがその最初であるが、その後、シンガポール、ニュージーランド、カナダ、英国などでも相次いで導入されている。

ポリマー紙幣のメリットは、クリーン度が長く維持されやすい点にある。ただしそれ以外にも、細菌が生存しにくいという衛生面での特性がある。天然素材の紙幣と比べて、プラスチックポリマー素材はより細菌が増殖しにくいと考えられている。日本政府は新紙幣の発行を決める際に、この点をどの程度考慮したのだろうか。

現時点で現金が媒介となって、人体に深刻な影響を与える感染症が広がったという事実はない。そのため、衛生面の理由だけから、現金を廃止していくことを議論すべきではないだろう。キャッシュレス化の議論は、それ以外の多くの論点を踏まえ、メリットとデメリットを慎重に比較考慮した上で進めていくべきだ。現金が急速に減少した場合、現金支払いに依存する人々の生活に支障をもたらしてしまう点にも、十分に配慮しなければならない。

それでも、今回の新型肺炎の広がりを契機に、キャッシュレス化の議論、そして現金の素材に関する議論の中に、衛生面での課題を新たに組み入れていくことは、重要なのではないか。

(参考)「細菌の感染ルートを探るには、お札を追え!」、ニューズウィーク日本版、2017年5月22日

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