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経済のサプライサイドを支える有効かつ効率的な経済対策を

2020/03/24

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政府の景気判断は下方修正へ

政府は3月26日に発表する3月の月例経済報告で、景気の判断を下方修正する可能性が高い。2018年1月から続いてきた「緩やかに回復している」との総括判断を下方修正し、2013年7月以降用いてきた「回復」という文言が外される見込みだ。

新型コロナウイルスの影響によって、国内経済は急激に悪化している。悪化の程度はもはや2008年のリーマン・ショック(グローバル・金融危機)に匹敵する規模なのではないか。

新型コロナウイルスの影響が生じる前の2019年10-12月期の実質GDPが、既に年率-7.1%と大幅なマイナス成長となっていた。しかし、これを理由に政府が景気判断を下方修正すれば、2019年10月の消費税率引き上げが景気後退の引き金になった、いわゆる失策だった、との批判を浴びるリスクが高かったのである。そうしたリスクが低下するもとで、政府はやや遅ればせながら景気の判断を下方修正する。

そして、政府の景気判断の引き下げは、本格的な経済対策の実施を正当化するものとなる。つまり、経済対策実施のために必要な手続きでもある。

供給サイドをしっかりと支える経済対策が重要に

世界的に生じている経済の悪化は、主に、新型コロナウイルス対策として各国政府が講じている人の移動の制限、企業活動の制限などによるものだ。従って、経済環境の改善のためには、一日でも早く新型コロナウイルスの感染拡大を封じ込めることが各国政府にとって最優先の課題となる。その際には、各国が知見をしっかりと共有し、共同歩調をとることが重要だ。現在生じている米国と中国との間の軋轢は、こうした国際協調の大きな妨げとなっているのではないか。

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大を封じ込めにどの程度の時間を要するのかは、未だ見えてこない。この間に生じる経済環境の悪化によって、日本経済を供給面から支える重要な要素、つまり企業、労働者、金融システムが壊れてしまうことは何としてでも避けねばならない。

新型コロナウイルスの問題が解消された際に、日本経済が従来の活動を早期に取り戻すことができるように、サプライサイド(供給側)をしっかりと支えること、これこそが経済対策の基本的な理念なのではないか。

需要を創出することに目を奪われるのではなく、このようにサプライサイドの対策により注力すべきだろう。

中小・零細企業と生活者の支援

通常の経済活動の中で生じる経済環境の悪化では、苦境の陥った企業や失業した労働者の生活を支える常設の支援制度、いわゆるセーフティーネットが機能する。しかし、通常の経済悪化ではない大きなショックが生じた場合には、既存のセーフティーネットでは十分に対応できない。その際に、追加の経済対策が必要となるのである。

インバウンド需要の減少、イベント自粛、消費者の外出自粛などの影響で、観光業、宿泊業、エンターテインメント関連といった業種の中小・零細企業、あるいはその労働者は、将来、新型コロナウイルスの問題が解消された際には、再び日本経済を支える重要な役割を担っているはずだ。しかし、一時的なショックで企業経営が立ち行かなくなり、あるいは労働者が失職して生活基盤を失ってしまえば、再び元の経済活動には戻らなくなってしまう。

こうした観点から、これらの業種の企業については、今までの資金繰り支援に加えて、財政資金を投入して直接支援することが必要ではないか。また、雇用調整助成金の拡充を通じて労働者の職を確保する、あるいは財政資金でフリーランスを支援することも重要だろう。

さらに、状況を見極めたうえで、財政支援先を他の業種の中小・零細企業や労働者へと拡大させていく必要があろう。いずれにしても、経済の弱い部分にピンポイントで集中的にリソースを投入していく、効率的な対応が重要だ。

検討される定額給付金

与野党では、リーマン・ショック後を上回る規模での経済対策の実施を主張する声が高まっている。ただし、財政資源に限りがある中では、本当に助けが必要な企業や個人に集中的に手厚い支援をすることが重要ではないか。リーマン・ショック後に1人当たり1万2,000円(18歳以下などは2万円)を支給した定額給付金を再度実施することを主張する声もあるが、その際の景気浮揚効果については明確な効果は確認できなかったのではないか。

所得制限を付けると給付までに時間がかかることから、国民に一律2万円を給付する案が出ている。この場合、給付総額は2兆5,190億円となる。これは、日本の名目GDP(2019年554.0兆円)の0.45%の規模だ。しかし、仮に総額2.5兆円の現金を国民に支給しても、その分だけ消費が直接押し上げられる訳ではない。収入増加分の相当部分は、貯蓄に回ってしまうからである。

通常、経常的な収入である給与所得が増加すると、その増加分の半分程度は消費に回る。限界消費性向は0.5程度である。ところが、一時的な収入の場合には、貯蓄に回される部分がより大きくなり、限界消費性向はもっと小さくなる。加えて、国民の間で先行きの不安が非常に強い現状では、貯蓄に回される部分が通常よりもかなり大きくなるのではないか。

例えば、総額2.5兆円の給付金のうち、2割程度が消費に回るとした場合、GDPの押し上げ効果は僅か0.09%にとどまる。景気刺激効果としては小さいと言えるだろう。定額給付金は、巨額の財政資金を投入する割には、景気刺激効果は比較的限られる、いわばコストパフォーマンスの良くない政策、と言えるのではないか。

効率性も考える必要

さらに、政府によるイベント自粛の方針は、消費喚起目的としての定額給付金とは整合的ではない面がある。金はやるが使うな、と言うのに等しい感じもする。

この施策が消費喚起を目的とするのではなく、新型コロナウイルスの影響で生活基盤を失いつつある家庭に対する支援策、いわゆるセーフティーネットの拡充を主として目指す措置なのであれば、そうした人たちにターゲットを絞って、現金を給付すべきだ。

さらに、国民への現金給付を実施する場合、それは早くても5月末になると再生相は説明している。それでは即効性も欠くだろう。この点からも、定額給付金は効率性のあまり良くない施策と言えるのではないか。

政府は既に事業規模26兆円の経済対策を昨年年末に閣議決定し、それらは2019年度補正予算に組み込まれ、間もなく成立する2020年度当初予算にも含まれる。その予算執行をできるだけ前倒しにすることの方が、より即効性の高い景気刺激効果を発揮するのではないか。

問題終息後に経済が元に戻ることが重要

経済対策は、あくまでも新型コロナウイルス問題が終息した時点で、日本経済にとって重要な供給側の要素が失われておらず、早期に元の経済状態に戻ることを助ける、という観点が重要だ。

与野党内では、赤字国債の発行で巨額の経済対策を実施することを主張する声が強まっている。しかし、新規国債発行の増加は、将来世代へのつけとなり、中長期的な需要見通しを悪化させる。その分、企業の中長期成長期待が低下すれば、設備投資の抑制を促してしまう。それは生産性上昇率や潜在成長率の一段の低下に繋がろう。

足もとの経済環境の悪化が金融危機につながれば、金融仲介機能の低下から経済の潜在力は一段と低下してしまう。この点から、金融危機を回避するための中央銀行の危機対応は、重要な経済対策の一環でもある。

このように、巨額の経済対策の実施には、日本経済の足腰をさらに弱めてしまうリスクを伴うことが考えられる。財政環境が既に大幅に悪化している日本においては、必要な経済対策を実施する際に、「規模ありき」、「数字ありき」の姿勢ではなく、国民の大切なお金をいかに効果的に、いかに有効に使うべきか、他国以上に慎重な精査が求められるだろう。

新型コロナウイルスとの闘いには勝ったが、日本経済は荒廃してしまった、では元も子もないのである。

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