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日銀短観が示す新型コロナウイルスの悪影響は未だ中間報告

2020/04/01

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企業の景況感は短期間で悪化

日本銀行が4月1日に発表した「短観(3月調査)」は、新型コロナウイルス問題の影響によって、日本企業の景況感が短期間のうちに悪化したことを確認させるものとなった。

ただし、総じて懸念されていたほどの劇的な悪化には至らなかったとも言えるだろう。しかし、日々刻々と事態が悪化している新型コロナウイルス問題が引き起こす企業経営や経済への影響は、今回の調査にはまだ十分に反映されていないと考えられる。この点から、今回の短観はなお「中間報告」にとどまっているとみるべきだ。

大企業製造業の現状判断DIは「-8」(市場予想は「-10」)、大企業製造業の現状判断DIは「+8」(市場予想は「+2」)と、それぞれ前回調査から8ポイント、12ポイントの大幅悪化となった。大企業製造業の現状判断DIの悪化は5期連続であり、マイナスとなったのは2013年3月調査以来、6年ぶりだ。

他方、今回の調査でより特徴的だったのは、通常は、製造業と比較して景況感の振れ幅が小さい非製造業で、現状判断DIが大幅に悪化したことである。規模別にみると大企業、中堅企業、中小企業ともに現状判断DIは大幅に悪化した。さらに、先行き判断DIに関しても同様であり、特に中小企業では18ポイントの大幅悪化となり、新型コロナウイルス問題の影響が色濃く表れている。

新型コロナウイルス問題の経済への影響は目まぐるしく変わる

今年1月に一気に浮上した新型コロナウイルス問題が、日本企業の経営や日本経済に悪影響を与える経路は、次のように推移してきた。
① 渡航制限によるインバウンド需要の悪化
② 中国経済の悪化
③ 国内イベント自粛
④ ロックダウン(都市封鎖)による欧米経済の悪化

これらのうち、今回の短観調査で非製造業の景況感を大きく悪化させたのは、①及び③の経路である。短観の業種分類では、対個人サービス、宿泊・飲食サービスの2業種に、とりわけ大きな悪影響が表れたと考えられる。他方で、通信、景況感が大企業では悪化せず、中堅企業では改善した背景には、ネット利用を拡大させる、いわゆる「巣ごもり消費」の好影響が伺える。

他方、今回の製造業の景況感(現状判断DI)の悪化には、②の中国経済の悪化が大きく影響したと見られる。

しかし、情勢は日々目まぐるしく動いており、新型コロナウイルス問題が日本企業、日本経済に与える影響とその経路も常に変化している。

緊急事態宣言で景況感の悪化はさらに強まる

仮に、政府が改正新型インフルエンザ特措法に基づき緊急事態宣言の発令を決めれば、その対象地区では外出の自粛傾向が一段と強まり、サービス関連を中心に個人消費の落ち込みが一層強まることは必至である。その対象地区には、経済規模が大きい首都東京が含まれる可能性が高いことから、日本全体の経済活動は、ロックダウン(都市封鎖)が実施されている欧米諸国と同様に、さらに大幅に悪化するだろう。

他方、ロックダウン(都市封鎖)が実施されている欧米諸国の経済は、4-6月期に年率2桁の大幅マイナス成長に陥る可能性が高い。これは、日本の輸出環境に大幅な打撃を与えるだろう。中国向け輸出は既に緩やかに持ち直していると見られるものの、欧米向け輸出の急激な悪化を相殺するほどではない。こうした欧米向け輸出環境の大幅悪化、あるいは現地での生産停止の影響については、今回の短観には未だ十分に反映されていない。特に、大企業の自動車の現状及び先行きの景況感は大きく悪化しなかったが、次回調査で、大幅に悪化する可能性があるだろう。

このように、非製造業、製造業ともに、先行き一段と悪化する余地を残している。この点から、既に述べたように、今回の短観は、新型コロナウイルス問題の影響を示すものとしては、中間報告にとどまっていると言えるのだろう。

日本銀行は企業の資金繰りに注目

今回の短観調査では、企業の景況感が大幅に悪化することは既に予想されていたことだ。そうした中、政府を含め多くの人が注目したのは、雇用人員判断DIだったのではないか。

今回の調査で、雇用判断DIは悪化し、雇用の不足感は緩和されたものの、悪化の程度は小さめだった。しかし、企業の経営環境の悪化が雇用調整につながるまでには相応の時間を要するのは日本では一般的であることから、先行きの情勢については予断を許さない。雇用調整の兆候は、中堅・中小企業の先行き判断DIの悪化には表れている。また、先行きの景況感が急激に悪化している銀行業では、先行きの雇用判断DIは悪化している。

他方、日本銀行が最も注目したのは、企業の資金繰り判断DIや金融機関の貸出態度判断DIなどの企業金融環境指標だろう。3月16日に日本銀行が決定した追加緩和策では、CP(コマーシャル・ペーパー)、社債の買入れ増加や、銀行を通じた企業の借入れ支援が柱であった。

今回の短観では、資金繰り判断DI、金融機関の貸出態度判断DIともに悪化している。しかしその悪化の程度は、2008年のリーマン・ショック(グローバル金融危機)時に見られたような劇的なものではない。早めの政策対応が奏功している面もあるだろう。

日本銀行はしばらく静観か

今回の短観調査で、企業金融の環境が悪化したことを受けて、日本銀行は、民間銀行が企業向けに貸出増加をさらに促す追加措置、例えば、民間銀行が日本銀行から低利で資金を借りる際の担保要件を緩和する、といった措置を追加で講じる可能性はあるかもしれない。

しかしながら、利下げ(政策金利の引下げ)やETFのさらなる買入れ拡大のような、本格的な追加緩和措置をすぐさま実施するようなことはないだろう。3月16日の緩和措置は、既に今回の短観で示された経済環境の悪化への予防的対応であった。

さらに、日本銀行が決めた緩和措置は、景気刺激というよりも金融危機回避を狙った危機対応、という性格の方が大きかったとも言えるのではないか。明確に景気刺激効果を発揮する追加緩和措置は、もはや日本銀行には残っていないのである。利下げを見送ったのも、その景気刺激効果がほとんどないうえに、銀行の収益を悪化することで、金融システム・金融市場をより不安定にさせてしまうという弊害が大きいことを、日本銀行が十分に認識していたからである。

この点から、金融市場の動揺を受けて、日本銀行にとって、利下げのハードルはより上がったと言えるだろう。しかし、この先、為替市場で1ドル100円を超えるような円高が生じ、国民が日本銀行に対して円高対策を強く求める局面となれば、日本銀行は、利下げを実施する可能性がある。そうした事態に備えて、日本銀行は、利下げという手段を温存したとも言えるだろう。

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