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形骸化が加速する物価目標と日本銀行の新たな責務

2020/04/22

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展望レポートで成長率、物価上昇率見通しは大きく下方修正

4月28日に公表される日本銀行の展望レポート(経済・物価情勢の展望)では、先行きの成長率、物価上昇率の見通しが、大幅に下方修正されることは間違いない。2020年度の成長率見通しは、前回1月時点の政策委員見通しの中央値+0.9%から、マイナスへと下方修正されるだろう。事業総額117兆円の大規模経済対策の経済効果をアピールする政府に敬意を表して、その効果を最大限盛り込んでも、プラスの成長率見通しを作り上げるのは無理だ。

他方、物価見通しについては、従来、先行きの物価上昇見通しの根拠としていた需給ギャップの改善という前提が、新型コロナウイルス問題による経済の急激な悪化によって大きく崩れてしまった。仮に2020年度後半に経済情勢が好転しても、元の需給ギャップの水準に戻るまでには時間がかかる。その時期は、早くても2022年だろう。そして、需給ギャップが物価上昇率に与える影響には、半年から1年程度の時差(タイムラグ)がある。この点から、足もとでの一時的な経済の悪化は、今回の展望レポートで新たに予測期間に加わる2022年度、あるいは2023年度の物価見通しにまで、悪影響を与えることになる。

この点を踏まえれば、2022年度の物価見通しの中央値は、日本銀行が目標とする2.0%程度の水準に及ばない可能性がかなり高い。物価上昇率は向こう3年間、2%の目標水準に達しないという見通しを、日本銀行自らが示すことになる。2021年度の物価見通しは1%台前半、2022年度は1%台半ば程度となるのではないか。ただし、実際の物価上昇率は、その見通しを大きく下回る可能性が高い。

景気浮揚、物価押し上げの政策は考えていない

このように、今回の展望レポートでは、成長率、物価上昇率の見通しは大幅に下方修正され、2%の物価安定目標の達成が一段と遠のく姿が示される。しかし、だからといって、4月28日の金融政策決定会合で日本銀行が、前回3月に続いて本格的な追加金融緩和策を講じる訳ではないだろう。

以前より2%の物価安定目標は、実質的な意味を失っていたが、新型コロナウイルス問題によってその傾向は一段と強まったのである。物価見通しの達成を目指すことが、少なくとも当面の日本銀行の行動を規定することはない。

また、日本銀行は既に景気を浮揚させるための政策手段を失っている。さらに、新型コロナウイルスとそれに対する政府の対策が経済を悪化させている現状で、金融政策によって経済を改善させることはできない。

他方、日本銀行は、新型コロナウイルス問題の終息とともに、外出・営業規制は緩和され、経済活動が比較的早期に正常化されることを、今は前提に考えている。そのため、景気浮揚や物価上昇率を高めるための追加措置の実施は考えていないだろう。

政策の枠組みは再び物価安定から金融システム安定へ

今年3月に日本銀行が決めた施策は、景気浮揚や物価目標の達成を目指すマクロ金融政策ではなく、企業金融を支援し、さらに金融危機を防いで金融市場、金融システムの安定維持をはかるプルーデンス政策の性格が強かった。これは4月の決定会合、そしてその後についても同様だろう。

4月21日に公表された金融システムレポートでも示されたように、金融面での本格調整を引き起こしかねないリスク要因は多く存在する。今後は、地域金融機関を中心に、金融機関の経営安定と金融システムの安定維持に日本銀行は注力していくことが求められるのではないか。

新型コロナウイルス問題をきっかけに、デフレ克服、物価安定というマンデート(責務)の達成を目指すマクロ金融政策から、信用秩序の維持(金融システムの安定)というマンデートの達成を目指すプルーデンス政策へと、日本銀行の政策の軸は大きく動いたのである。

これは、政策の枠組みが約20年前の状況に戻るということを意味しており、この点から、日本銀行の政策運営は歴史的な転換点にあると言えるのではないか。

追加措置は企業金融支援策の強化が有力

こうした点を踏まえると、4月27、28日の金融政策決定会合で日本銀行が、政策金利の引下げに踏み切ることは到底考えられない。それは、金融機関の収益を一段と悪化させ、金融システムの安定性を損ねるからだ。将来、政策金利の引下げが実施されるとすれば、それは円高が急進する局面に限られるのではないか。

また、株価が大きく下がれば、日本銀行が保有するETFの含み損が拡大することから、自らの財務面でのリスクを意識して、日本銀行がETFの買入れ額を増加させる可能性はなお残されている。しかし、現在の為替、株式の状況下では、いずれの政策も近い将来には実施されないだろう。

4月27、28日の決定会合で日本銀行が追加措置を講じるとすれば、それは企業金融支援策の強化である可能性が高い。3月に導入した「新型コロナウイルス感染症にかかる企業金融支援特別オペレーション」で、①1年以内とした貸付期間を長期化する、②今年9月末とした実施期間を延長する、③マクロ加算2倍措置を3倍などに拡大する、などが候補として考えられる。

担保要件緩和も選択肢か

さらに、特別オペの担保(民間企業債務)要件を緩和することも、追加措置の選択肢になるのではないか。その場合には、特別オペの担保要件に限らず、共通担保として日本銀行が認める適格担保(民間企業債務)の要件を緩めることになるかもしれない。

例えば、社債であればA格相当以上の格付けが、日本銀行が受け入れる担保の要件となっているが、これをBBB格などへ引き下げるなどの措置も考えられるのではないか。この措置は、銀行が、特別オペを利用した企業向け貸出を実施しやすくするとともに、社債市場の安定にも寄与する。

欧州の情勢は日本とは異なる面があるが、欧州中央銀行(ECB)も、金融機関が保有する投機的水準の社債、いわゆるハイイールド債を担保として受け入れることを検討している、と報じられている。

日本銀行の追加措置はFRBなどと比べて小粒で地味か

米連邦準備制度理事会(FRB)は、SPV(特別目的事業体)を通じて、企業に直接融資を行う異例の措置を講じている。これは、取引先の銀行に働きかけることを通じて、企業や家計の行動に影響を与えるという、中央銀行の本来の役割に照らした場合、極めて異例である。

しかし、日本銀行が同様の措置を講じることは考えられない。日本では、政策金融制度、信用保証制度などがそうした役割を果たしている。それは、日本銀行ではなく政府の領域なのである。

従って、日本銀行の場合には、「企業の資金繰りを助ける銀行を助ける」という役回りに徹することになる。さらに、欧米のようにハイイールド債、証券化商品、あるいは欧州のイタリア国債のような金融市場の深刻な問題は、日本にはない。日本でも、金融機関の安定的なドル調達は重要であるが、これについてもFRBの措置によって、今のところ深刻な問題には発展していない。

そのため、FRBのような大規模な措置を次々に派手に打ち出すようなことは、日本銀行の場合にはないのである。4月27、28日の決定会合でも、比較的小粒で地味な追加措置の実施にとどまるだろう。

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