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原油価格急落が促す米政権のエネルギー企業支援と金融不安

2020/04/27

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始まった米エネルギー企業の破綻

先物価格が一時マイナスを付けるなど、原油価格の大幅下落傾向が続く中、米国でのエネルギー関連企業の苦境が強まっている。既に3月以降、オイル採掘会社などの経営破たんが起こっている。

シェール企業の集積地であるテキサス州などを管轄する米ダラス連邦銀行が3月に実施した調査によると、既存の油井の運営コストを賄うために必要な原油価格(WTI)は平均1バレル=30ドル程度、新たに油井を開発する場合の採算ラインは平均1バレル=50ドル程度だという。現在の原油価格の水準が続けば、シェール企業の破綻が相次ぎ、業界は崩壊の危機に直面する可能性もある。

石油輸出国機構(OPEC)の安値攻勢の影響で、原油価格が30ドル近辺まで下落した2014年~2016年には、100社以上の米シェール企業が経営破綻した。同じこと、あるいはそれ以上のことが、今起きようとしている。

大統領選挙も視野にエネルギー企業支援に乗り出すトランプ政権

2018年に米国を世界最大の産油国にまで押し上げた、シェール企業の経営不振は、トランプ大統領にとっては、大統領選挙の強い逆風ともなりえる。シェール企業の主な操業地は、ペンシルベニア州、オハイオ州、テキサス州など、大統領選の行方を左右する激戦州である。また、シェール企業は、トランプ大統領にとって重要な支持基盤だ。

そこで、トランプ大統領はシェール企業の救済に乗り出したのである。先般、トランプ大統領が、原油削減で一度決裂したサウジアラビアとロシアに減産を強く働きかけたのも、その一環と言える。しかし、トランプ大統領の仲介によって減産の合意は実現したものの、新型コロナ問題による世界経済の急激な悪化、需要減退の影響が勝り、その後も原油価格の下落に歯止めはかかっていない。

そこでトランプ大統領は米国時間4月21日に、「国内の石油と天然ガスの業界を決して失望させない。重要な会社と雇用が将来にわたり守られるよう、資金支援の計画を作るよう指示した」とツイッターに投稿した。つまり、米国のシェール企業、エネルギー企業を直接救済する措置に乗り出したのである。

トランプ大統領は、石油やガス業界の雇用支援策を取りまとめるよう、ブルイエット・エネルギー長官とムニューシン財務長官に指示した。エネルギー企業と雇用がこの先長く守られるための基金を検討する考えも表明している。また政府は、戦略備蓄原油を積み増すため、国内産原油を買入れることも検討しているようだ。その場合、原油の備蓄場所を確保できないことが問題となろう。

しかし、米政府によるエネルギー企業の支援は、他の産油国の強い反発を招くことが予想される。直前まで米政府は、原油価格下落が国内シェール企業に生産調整を促していることを、市場メカニズムが働いている証拠として、それをむしろ歓迎する姿勢を見せていたのである。

保護主義的要素を含むエネルギー企業の公的支援

航空業界に続く、エネルギー企業に対するトランプ政権の公的支援は、民間経済に対する政府の過剰な関与として、国内では批判を呼ぶ可能性がある。それに加えて、国際的な競争条件に影響を与える、自由貿易主義に反する政策であるとして、サウジアラビア、ロシアなど産油国からも批判を浴びる可能性があるだろう。

トランプ大統領は、国内エネルギー企業を守るために、海外からの原油・石油製品に関税を課す可能性を指摘する向きもある。そうなれば、トランプ政権の保護主義的な傾向は一段と強まってしまう。

このように、新型コロナウイルス問題は自国産業重視の保護主義的な政策を各国に広め、グローバル化、自由貿易の流れを押し戻してしまう可能性がある。そうなれば、世界経済には強い逆風となり、新型コロナウイルス問題が解決した後も、世界経済が元の力を取り戻すことができなくなるのではないか。

米国でのエネルギー企業に対する公的支援が、このように、保護主義傾向が世界に広がるきっかけを作ってしまうことも懸念される点だ。

金融市場、金融機関経営にも大きな打撃

ところで、従来から指摘されているように、シェール企業は投機的格付け社債のハイイールド債で資金を調達することが多いことから、原油価格の下落とそれを受けたシェール企業の経営不振は、ハイイールド債市場の動揺を招き、金融市場全体を不安定にさせやすい。足もとでの原油価格下落も、米連邦準備制度理事会(FRB)による社債の買入れ措置によって安定を取り戻しつつあった米国社債市場に、再び打撃を与えているのである。

さらに、シェール企業の経営不振は、銀行の不良債権問題も誘発している。テキサス州やオクラホマ州などの産油地域では、エネルギー企業に対して過剰な融資を行っている地銀もある。シェール企業の経営不振は、銀行経営の悪化に直結するだろう。

1980年代半ばに原油価格が急落した際に、米国の中小石油企業の資金調達に関わっていたS&L(貯蓄貸付組合)が、大量の焦げ付きを抱え込む事態に発展したことも記憶にあるところだ。

大手米銀の「リザーブ・ベース・レンディング」にも打撃

原油価格の下落とシェール企業の経営不振については、大手米銀も警戒を強めている。大手銀行は、シェール企業が保有する埋蔵石油・ガス資産を担保にした銀行融資を行っている。埋蔵石油・ガス資産の開発、生産によって生み出されるキャッシュフローが、シェール企業にとっての返済原資となる。

こうした融資は、「リザーブ・ベース・レンディング」と呼ばれる。その規模は2,000億ドル余りと、巨額に達していると推定される。日本の大手銀行も、こうした融資に関与しているのである。

ところが、シェール企業の売上高が落ち込み、先行きのキャッシュフローの期待値が下がることで、担保としている埋蔵石油・ガス資産の評価額が低下している。また、一部のシェール企業は、返済が不可能となる恐れがあることを自ら明らかにしている。

そこで米銀は、この担保の油田、ガス田を直接確保する体制を整えておくことで、先行き、シェール企業が破綻して、それらの担保を受け取る事態になることに備えている。それらを自ら維持・管理できなければ、安値で手放すことを余儀なくされ、それが米銀に大きな損失をもたらす可能性があるからだ。

そこで米銀は、別会社を設立して石油・ガス事業を保有し、資産の価格が持ち直すのを待ってから売却することを狙っている。JPモルガン・チェース、ウェルズ・ファーゴ、バンク・オブ・アメリカ、シティグループの大手米銀は、いずれもそうした別会社の設立を進めているという。

ただし大手銀は現物コモディティ業務で制限を受けており、現在の規制の下では、エネルギー関連資産の保有は1年程度しか認められていないという。つまり、1年のうちに原油市況が回復しなければ、銀行には損失が生じる可能性がある。

このように、原油価格の下落、米シェール企業の経営不振、トランプ政権による公的支援という一連の流れは、米国内では企業に対する公的支援の在り方で、新たな議論を巻き起こす可能性がある一方、保護主義的傾向が世界に広がるきっかけとなってしまう懸念もある。さらにそれらは、米国及び世界の金融市場、金融システムにも深刻な打撃を与え得る、大きなリスクでもある。

(参考資料)
"Trump eyes options to help energy industry rebound", Financial Times, April 23, 2020
「原油油安歯止めかからず シェール苦境 金融市場に影」、東京読売新聞、2020年4月17日
「米銀大手、石油資産保有態勢構築へ エネルギー企業破綻に備え」、ロイター通信ニュース、2020年4月10日

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