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原油先物のマイナス価格から1か月:危機は再び起こるか

2020/05/19

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再び近づく原油先物期近物の最終売買日

ニューヨーク原油先物(WTI)が史上初のマイナス価格を付けてから、まもなく1か月が経つ。4月20日には、当時の期近物であった5月限月の価格が一時マイナス40ドル台まで暴落した。米国時間の明日5月19日が、現在の期近物の6月限月の最終売買日だ。

先月の状況を簡単に振り返ってみよう。WTIの先物取引では、決済(清算)の期限が来ると、現物を受け渡すことが求められる。投資家は、限月交代前に期近物を売却しないと、原油の現物を受け取らなければならない。ところが、米国では原油の需給が急激に悪化し、在庫が大幅に積み上がっていた。そのため、原油貯蔵場を確保するのが難しく、仮に確保できても相当のコストがかかったのである。

他方、原油価格が大幅に下落したことで、原油の価値よりもそれを貯蔵するコストの方が高くなる、という異常な状況が一時的に生じたのである。

原油ETFが市場の混乱を主導か

こうしたもとで、最終売買の直前に期近物を投げ売りし、価格を崩したのが、原油価格に連動する原油ETFと考えられている。米国最大の原油ETFであるUSOには、経済の再開で原油需要が高まり、価格が上昇するとの期待から、原油価格が低下した局面で大量に個人の投資資金が期近物の購入に向かったとみられる。しかし実際には、経済再開の遅れや予想外の原油需給の悪化により原油価格は下落したため、最終売買日直前に損切りを強いられ、価格は下落し、大きな損失が投資家に生じたのである。

USOは、原油先物の期近物を買入れ、最終売買日の直前に次の期近物となる期先物に乗り換える(ロールオーバー)という設計になっていたという。足もとでの原油需給悪化から期近物の価格が低い一方、先行きは価格上昇期待がある時には、決済期限が遠い期先物の価格が、決済期限が近い期近物よりもかなり高い、いわゆる「コンタンゴ(順ざや)」の状態が生じる。

この局面では、決済日直前に期近物を安値で売ることになる一方、期先物を高値で買うことになるため、投資家の損失は膨らみやすいのである。問題なのは、こうした商品設計を十分に理解しない多くの個人投資家が、この原油ETFを購入したということだ。

今月はマイナス価格にはならない

日本経済新聞によると、限月交代が近づく中、原油先物市場が再び混乱することを警戒する米商品先物取引委員会(CFTC)は13日に、原油先物価格が再びマイナスになることに備えるよう、取引所清算機関、ブローカーなどに通知した。極端な値動きや流動性の枯渇が、投資家に巨額の損失をもたらすこと等を警戒したものだ。実際、米売買仲介のインタラクティブ・ブローカーズは、原油先物の暴落で1億ドル強の損失を計上したことを11日に公表したという(「原油マイナス価格に備えを」米委員会が異例の忠告、2020年5月14日、日本経済新聞電子版)。

ただし、足もとでは米国の原油先物価格は安定を維持しており、約2か月ぶりに1バレル30ドル台に乗せている。経済再開への期待に加えて、5月から石油輸出国機構(OPEC)とロシアなどからなる「OPECプラス」が原油生産の削減を開始したことによる、原油需給の改善も価格に安定をもたらしている。

さらに、原油先物市場が再び混乱することを警戒した、原油ETF最大手のUSOも、最終売買日よりもかなり前倒しで期先物(第二限月もしくは第三限月以降)へのロールオーバーを実施しており、先月のように期近物の投げ売りが大量に出るようなリスクは低い。今月は、マイナス価格は生じそうにない。

個人マネーとETFに残る潜在的なリスク

しかし、先行きの世界経済は未だ見通し難い状況だ。経済活動の本格回復までに予想以上に時間がかかるとの観測が広がれば、先行きの原油需要見通しは引き下げられ、価格の大幅下落につながるだろう。また、新型コロナウイルスの感染拡大が再び広がり、経済活動の再開というシナリオが崩れることで、原油価格が大幅に下落する可能性もまた残されている。

さらに、経済見通しの変化と共に、原油に限らず商品市況全体が大きく変動しやすい不安定な状況はなお続くことから、商品に投資する投資ファンドで損失が生じ、それが大量の解約につながるようなリスクもある。またそれが換金売りを加速させれば、商品市況のさらなる下落やファンドの閉鎖などにもつながりかねない。

近年、米国の個人投資家は、原油ETFに限らず、株式ETF、債券ETFなど、ETF市場に大量の資金を注ぎ込んできた。その結果、個人投資家の資金の動きが、金融市場全体に大きな影響力を持つようになってきたのである。それこそが、大きな懸念材料である。個人投資家の投資行動は一方向に振れやすいのが特徴だ。ETFなどの商品の設計、リスクを十分に理解していない個人投資家が、ETFへの投資で予想外に損失を出した際には、一気に換金売りに動き、それが様々な金融商品の価格急落を連鎖的に引き起こすことも懸念されるところだ。

新型コロナウイルス問題が引き金となった金融市場の調整は、まだ続いていると考えるべきだ。特に米国では、個人投資家マネーとETFを含む投資ファンドに、大きな混乱の火種はまだ残っていると考えられる。金融の危機は未だ去っていないのである。

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