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ドイツ連邦銀行は国債買入れを止めるのか

2020/05/28

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ECBの資産買入れ策にドイツ連邦憲法裁判所が違憲判断

5月18日にドイツのメルケル首相とフランスのマクロン大統領は、新型コロナウイルス問題で深刻な被害を受けた国を支援するため、5千億ユーロの巨額の「復興基金」を設立する提案で合意した。融資ではなく補助金であること、財源をEU加盟国の共通化した債務としたことは、ドイツが従来の慎重姿勢から、イタリアなど南欧諸国を積極的に支援する姿勢へと一気に転じたものだ(コラム「独仏提案で欧州復興基金の創設プランが前進」、2020年5月20日)。

この提案をさらに拡充する形で、EUの執行機関である欧州委員会は、補助金と融資からなる7,500億ユーロの復興基金、5千億ユーロの共通債券発行を提案した。欧州での新型コロナウイルス問題後の支援体制を、かなり強化させる方向にあると言えるだろう。

ところが、欧州中央銀行(ECB)の金融政策については逆に、ユーロ圏経済と金融市場の安定を支える緩和の拡大策を制限するような動きが、ドイツから生じている。

5月5日にドイツの連邦憲法裁判所は、「ECBが2015年から実施した公共部門資証券購入プログラム(PSPP)で2兆ユーロを超える国債を買い取ってきたことは、ドイツの憲法に部分的に違反している」という判決を下したのである。裁判所は、こうした施策が銀行預金の低下や不動産市況の高騰などを通じてドイツ国民の生活を圧迫した面がある、と指摘している。

その上で裁判所は、「3か月以内にECBがPSPPの効果がこうした副作用を上回ることを証明しない限り、ブンデスバンク(ドイツ連邦銀行)が、PSPPのもとで国債買い取りに加わることを禁じる」としたのである。その場合には、ブンデスバンクが今まで買入れたドイツ国債を売却することが求められる。

ドイツ抜きでの国債買入れに備えるECB

これに対して欧州委員会は、域内ではEUの規律が優先されるとの見解を表明している。さらにドイツ出身のフォンデアライエン委員長は、ドイツを提訴する可能性にさえ言及したの。

ブンデスバンクが、ドイツの連邦憲法裁判所が求めるPSPPの妥当性についての証明を行うことで、問題は解消するとの見方が今のところは多い。しかし、ECBは、ブンデスバンクが参加できなくなる事態に備えて、ブンデスバンクなしで数兆ユーロ規模のPSPPを実施する対応策を検討している、と報じられている。ドイツ国債はECBが購入する国債全体の約4分の1を占めている。ブンデスバンクが購入を停止した場合、ドイツ以外のユーロ圏の中央銀行がドイツ国債を代わりに購入し続け、さらにブンデスバンクが売却する同国債も購入することは可能だ。つまり、ブンデスバンクが参加できなくなる異常事態に至っても、ドイツの国債市場、あるいは欧州全体の債券市場に悪影響を与えることは回避できる。

再び浮き彫りになる共通通貨圏、国家連合の構造問題

ただし、ブンデスバンクがPSPPに参加できなくなる場合には、ECBは法的措置に出ることも検討しているとされる。

新型コロナウイルス問題をきっかけに、イタリア国債の利回りが急騰したのは、独自の金融政策を失った共通通貨圏の国では、域内で財政政策が統合されない限り、国債のデフォルト(債務返済不能)リスクが相応にあることを示している。これは、財政統合が進んでいないユーロ圏の構造問題を再び浮き彫りにしたものだ。それに対して、財政政策を統合させる方向で、そうした問題の解決に一歩前進しようとする動きが、冒頭で述べた欧州復興基金計画である。

他方、今回のドイツ連邦憲法裁判所の判断は、EU共通の利益よりも国民の利益を優先させるという、自国主義の表れでもある。これも、政治統合が十分に進んでいないユーロ圏、EUの弱さ、という別の構造問題を浮き彫りにしていると言えるだろう。

このように経済危機が発生すると、共通通貨圏あるいは国家連合では、その求心力が強まる側面と、弱まる側面とが混在化しやすい。この点は、欧州に限らず、危機に際して米中間の関係が一段と悪化し、国際協調が強化されるどころかより弱体化しているように見える、世界全体の現在の構図とも重なって見える。

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